民主主義で最高の結果を得られるほど人類は賢くない、という衝撃的な研究

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By Steve Rhodes

2011年のアラブの春でチュニジアやエジプトは民主化しました。しかし、それらの国の政局は未だに安定していません。果たして人類はうまく民主主義を取り扱えるのでしょうか?これに関し、ショッキングな研究が発表されました。

People Aren't Smart Enough for Democracy to Flourish, Scientists Say Why the Best Candidate Never Wins Psychology LifesLittleMysteries.com



民主主義のプロセスは、担い手である市民(少なくともその過半数)がどの候補者や政策が最上のものであるかを認識できる、という前提の上に成り立っています。

ですが研究が進むにつれ、残念なことに人間心理の面からはその観念は反証され、むしろ民主的な選挙は平凡なリーダーや政策を生み出すことが示されてしまいました。

コーネル大学の心理学者、デヴィッド・ダニング博士の研究によると、無能な人間は本来的に他人の能力や、他人の意見の質を判断することができません。例えば税制改革についての専門知識を持たない人々が、本当にその分野に精通しているのが誰かを判断するのは非常に困難です。そうした人々は単純に意味ある判断をするための知的ツールが欠乏しているのだとダニング博士は語ります。

結果的に、どれだけ候補者に関する情報や事実が数多くあろうと、大多数の投票者が本来的な無能さを乗り越えて正確な評価を下すことはあり得ません。極言するならば「非常に優秀なアイディアを人々が受け入れられない。なぜなら、多くの人々はそのアイディアが真に素晴らしいと認識する能力がないからだ。」ということになります。

ダニング博士とニューヨーク大学のジャスティン・クルーガー博士は「人間は自らの知的能力に関しては自己欺瞞に陥るものである」と繰り返し論証してきました。ジョークの面白さの判定、文法の正確さ、チェスの強さに至っても、人々は常に自分の能力を「平均以上である」と判断してきました。それは、テストの中で最低ラインの結果しか出していないような人でも同様だったといいます。

「私たちは自分の能力に対しても、他人の能力に対しても判断力に欠けています。もっと言うならばもしあなたが無能なら、他人の無能さを判断する能力についてはさらに信用がならないということだ。」とダニング博士は述べます。

ある研究で学生に文法問題の採点をさせたところ、自らも文法の成績の悪かった学生ほど、他の学生に対して不正確な評定をしたということ。つまるところ、そうした学生は正解を目にしてもそれが正しいと認識できなかったのです。このようなことが起こる理由は単純で、もしある分野において知識に欠落があれば、自分自身や他人の知識の欠落について判断することができません。

ですが、奇妙なことに、誰が一番よいかは認識できなくても、誰が一番ダメかについては人々の意見は容易に、そして正確に一致していたといいます。

自分たちの中で最も無能な者は、炭鉱のカナリアのような役割を果たし、民主主義という概念のより大きな窮地を示す役割を担います。「実に、愚かな人々は候補者や政策についてどうしようもない判断をするでしょう。しかし、私たち全員が自らの知識の欠如によって多かれ少なかれ被害を被っている」とダニング博士は考えています。

ドイツの社会学者マト・ナゲル氏はダニング博士とクルーガー博士の学説を民主的な選挙をコンピューターでシミュレートすることで検証しています。ナゲル氏の選挙の数理モデルでは、投票者たちのリーダーシップのスキルは釣鐘型のカーブを描いて分布しています。少数がよいリーダーシップを発揮でき、別の少数は最悪ですが、ほとんどは並の能力を持っている、といった具合です。また、それぞれの投票者は候補者のリーダーシップスキルが投票者自身よりよいかどうかを判別できるものとします。

このような選挙をシミュレートしてみると、平均よりも微妙に高いリーダーシップスキルを持った立候補者が常に勝利するという結果が出ます。ナゲル氏は民主主義が最高のリーダーを選ぶことはまずあり得ないと結論づけます。民主主義が独裁主義や他の政治形態よりも優っている点はただ単に「平均以下の候補者がリーダーになるのを防ぐことができることだけだ」とのこと。




もちろんこれは主に人間の知的側面からの研究に過ぎません。実際には巨額の資金を投入して壮大な選挙キャンペーンが行われる国や、選挙の透明性や正当性自体に疑問符が付くような国もあります。そこまでおおごとでなくとも、投票者たちに関係のある大小さまざまな利益、利権が選挙に関わってくることも十分考えられます。実験にあるような素朴で善良な民主主義選挙自体、現実にはあり得ません。

そう考えるとこの研究で示されているように、民主主義では「最高のリーダーを選べない」だけではなく「最悪のリーダーを回避する」役割さえ機能しないケースも起こり得ます。であれば、これまで単純に「よいもの」とされてきた民主主義にいったいどのような意味があるのか、どのように扱うべきものなのか、もう一度考えなおす必要がありそうです。

果たして民主主義は人類の未来を作り得るのでしょうか?そもそも、民主主義をも使いこなせない人類に未来はあるのでしょうか?

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