20年前、数万人のイスラム教徒を受け入れたアメリカの街に何が起こったか

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Photo by DFID

1990年代、ユーゴスラビア紛争に伴い数万人のイスラム教徒が移住したアメリカの街がありました。詳細は以下から。

アメリカ合衆国ミズーリ州の都市セントルイス。かつてはデトロイトに次ぐ自動車工業都市として繁栄し、90万人の人口を有した中西部の都市ですが、市街地老朽化と産業の不振により人口が流出、90年代に入ることには人口は最盛期から半分以下に減っていました。その打撃を最も受けたのが「South City」と呼ばれる市南部。そこに数万人のイスラム教徒たちが移住してきたのです。

90年代に始まったユーゴスラビア紛争に伴ったユーゴスラビア連邦解体の動きの中でボスニア・ヘルツェゴビナが独立。しかしセルビア人、クロアチア人、ムスリムのボシュニャク人が混在しており、独立に対する考え方の違いから対立が深刻化、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が勃発しました。

その紛争の中では集団殺害や強制収容、女性に対しては集団レイプや強制出産が行われ、セルビア人勢力がイスラム教徒8000人以上を組織的に殺害したスレブレニツァの虐殺は国際司法裁判所によってジェノサイドと認定されるなど、第二次世界大戦後のヨーロッパで最悪の紛争となりました。

そうした戦火を逃れ、アメリカ合衆国に移り住んできたのがイスラム教徒のボスニア・ヘルツェゴビナ人たちでした。彼らは数万人規模でセントルイスの市南部に住み始め、そのエリアはいつか「Little Bosnia」と呼ばれるようになり、現在は7万人が暮らしています。

そのイスラム教徒たちの存在がセントルイスにどのような結果をもたらしたのか。アメリカ中西部きっての名門私立大学とされるセントルイス大学は以下のようにその経済的な影響を分析しました。

イスラム教徒たちはセントルイス南部に移住することで古い街に再び活力をもたらした。彼らはビジネスを展開し、住宅を再建した。彼らはベーカリーや(ハラル認証の)肉屋、コーヒーショップ、建築会社、冷暖房害者、保険会社、運送協会などを開き、現在も高熟練度の製造業の鍵となっている。


かつては落ちぶれたエリアだった南部は現在では民族的に多様で経済的に発展し、多くのモスクが見られるようになっています。分析の著者であるJack Straus博士は脱工業化社会では移民は通常有益な存在であると指摘し「移民は他の住民に比べて60%も起業する可能性が高い。それゆえに、移民の相対的な減少は地域の新規ビジネスの欠乏の主な原因と説明できる」と述べています。

実際にセントルイス市民によるシリア難民を受け入れる運動も9月から始まっており、活動のリーダーは「経済を壊す原因は人口が減少し、人々が街を出て行ってしまうことだ。ビジネスの観点からすると、人が流入するのは非常にポジティブな効果がある。この街なら家を3~4万ドル(約360~480万円)で見つけることができる。それらの家に住んでもらわない手はない。そうすることで周期的に街を若返らせる効果がある」としています。

こうした動きはセントルイスに限ったことではなく、同様に高い犯罪率や人口減少、多くの空き家に悩まされるデトロイトやバルティモアも連邦政府に対し、どこからの移住者でも構わないから受け入れさせて欲しいと要求しているとのこと。

セントルイス最大の難民再定住支援NPO、International Institute of St. LouisのCEOを務めるAnna Crosslinさんによると、20年前に彼女らの組織がボスニア・ヘルツェゴビナのイスラム教徒9000人を街に受け入れようとした時、街のコミュニティから移住者の流入がコミュニティの組織にとってどんな意味を持つのかとの反発も受けました。

「ですが10年から20年が経った今、そんな情緒的な話はもう聞かれません」とCrosslinさんは言います。セントルイスの人々は何万人ものイスラム教徒たちを受け入れたことを「この街にこれまで起こった最も良きことのひとつ」と考えるようになったということです。

イスラム教徒をISのテロリストであると考えることはキリスト教徒をKKKのメンバーであると考え、仏教徒をオウム真理教徒であると考えるほどに極めて極端な発想であり、端的に言って間違っています。

アメリカ合衆国へのイスラム教徒の完全入国禁止を唱えたドナルド・トランプ米大統領候補をヘイトスピーチを行う差別主義者であるとしてイギリスへの入国禁止を求める署名が40万筆以上集まっていることは先日BUZZAP!でもお伝えしましたが、イスラム教徒にテロリストであるとのレッテルを貼って差別し、排斥することは人道に反するのみならず、ビジネスや経済といった面からも良い選択肢ではないことが分かります。

彼らを住民の仕事を奪う存在ではなく、人口を増やして新規ビジネスを興して街の価値を高め、消費活動を行って活性化させてゆく隣人として迎え入れた成功例から学ぶところは少なくありません。

What happened when St. Louis took in Muslim refugees Fusion

(Photo by DFID


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