安倍首相の「裁量労働制のデータは不適切だから答弁撤回するけど、厚労省に言われただけで再調査も不要でデータ撤回はしない」はいかに無理筋なのか

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あまりにも酷い全貌が明らかになってきましたので経緯をまとめました。詳細は以下から。

かつては「最高の責任者は私です」と自信満々に国権の発動の最高機関たる国会で明言した安倍首相ですが、今国会の最重要法案と位置づけた「働き方改革関連法案」における裁量労働制を巡るやり取りでの振る舞いにその面影は見られません。

いったいどこがどれほどに酷いのか、一部を切り取って語れるようなものではありませんので、事の発端からの経緯を辿ってみましょう。

◆「裁量労働制は一般労働者より労働時間が短い」という大嘘
一連の問題が起こっているのは「働き方改革関連法案」の目玉である裁量労働制の拡大に関する議論の中でのこと。安倍首相が1月29日の衆院予算委員会で裁量労働制で働く人について「平均的な方で比べれば、一般労働者よりも短いというデータもある」と答弁したことに始まります。

この答弁は厚労省が2013年度に公表した調査を元にしたもので、全国の1万1575事業所の「平均的な人」の労働時間を調べたもの。これによると裁量労働制で働く人の方が1日あたり平均20分前後短かいとしています。

これに対して野党側は裁量労働制で働く人が一般の労働者より労働時間が長いとする独立行政法人の調査結果があると指摘、さらにこの厚労省の調査には、一般労働者の労働時間が「1日23時間」を超える事業場が含まれるなど不自然な点が多く、信ぴょう性も疑問視していました。

この追求に安倍首相は2月14日「精査が必要なデータをもとに行った、1月29日の本委員会における私の答弁は撤回するとともに、おわびを申し上げたい」とし、謝罪と撤回に追い込まれました。

しかし安倍首相はそれでも「このデータを全ての基礎として法案を作ったわけではない」と釈明し、裁量労働制導入に向けて働き方改革関連法案の成立を目指す方針を強調していました。

◆しかしその「データ」はあまりに酷いものでした
このデータはそれでは今回の答弁でたまたま厚労省が出してきてたまたま答弁に使われたものだったのでしょうか?いいえ、実はこのは初めて使われたものなどではまったくありませんでした。

2015年7月以降、塩崎恭久・前厚労相や加藤厚労相は国会でこの調査に度々言及して「裁量労働制の拡大が必ずしも長時間労働につながるわけではない」と説明する根拠にしていました。つまりは裁量労働制拡大に関し、難色を示す野党や労働界への反論材料に使い続けられてきたいわば伝家の宝刀とも言えるものだったのです。

そして2月19日、厚労省はこのデータが違った質問に対する回答を比較するという、極めて初歩的な間違いに基づく不適切な手法によって作られたものだったことを認め、野党会合で「おわび申し上げる」と謝罪しました。

このデータでは、一般労働者への質問は1日の残業時間について1カ月のうちの「最長時間」を尋ねる内容だったものの、裁量労働制で働く人には単に1日の「労働時間の状況」を聞いていました。

これによって一般労働者の方が長時間の回答が集まりやすくなって「裁量労働制で働く人の方が平均20分前後短い」という結論が導かれ、安倍首相の「平均的な方で比べれば、一般労働者よりも短いというデータもある」という誤った答弁を導いたのです。

世間では馬と鹿の見分けがつかない人のことを「馬鹿」と呼びますが、質問そのものがまったく異なる調査の結果を単純比較することは、自民党の竹下亘総務会長の言葉を借りれば小学生とは言わないが、高校生なら分かる間違いでしかありません。

厚労省幹部は「意図的ではなく、最長という概念が抜け落ちたまま比較してしまった」と釈明していますが、これは小学生の自由研究ではなく中央官庁が政府の重要法案の根拠とすべく作成したデータであり、3年間にわたって国会という場で用いられ続けてきたものです。

そして政府はこのデータの他に「裁量労働制の労働時間の方が短い」ことを示すデータは存在しないことも認めており、裁量労働制が長時間労働をもたらすという批判への唯一の牙城がここに崩れたことを意味します。

◆「捏造」との指摘に部下へ責任押しつけ
野党側は当然ながらこの不適切なデータが裁量労働制の拡大を目指す政府の方針と完全に一致していること、あまりにも単純で幼稚な「ミス」が3年間も放置され続けてきたこと、そして「裁量労働制の労働時間の方が短い」ことを示す唯一の論拠であった事などから「捏造」との批判を強めています。

立憲民主党の長妻昭氏は20日の衆院予算委で「捏造なら政策をゆがめる。首相官邸サイドの『つぶやき』や厚労省の忖度はなかったのか」と追及。

これに対して安倍首相は(報告が)厚労省から上がってきて、私はそれを参考に答弁した。これ以上のものではなく、詳細は厚労相と議論してもらえばいいと自身の関与を否定し、加藤厚労相と厚労省に責任を押しつけます。

官邸幹部も「首相答弁は厚労省の事前レクチャーそのものだった」と突き放し、加藤厚労相も2015年作成のデータ比較は「(当時の担当者が)厚労相には説明に行っていない」と責任を回避し、全ての泥を厚労省の官僚に押しつけようと必死の体です。

かつては最高の責任者は私ですと自負してみせた安倍首相のこの態度は、残念ながらどこからどう見ても最高責任者たるものではありません。


企業で不祥事が起こればトップの経営者が謝罪し、責任を取るのが社会人としてはごく当然の姿勢である事は全ての大人が常識として知っていること。部下に責任を押しつけて自分だけ逃亡するなどということは、日本人の古き良き美徳とされる「潔さ」から最もかけ離れた態度である事を否定する人はいないでしょう。

責任者が責任を取らないのであれば、もはやその人物に責任者としての資質も資格も残念ながら存在しないことになります。

◆データ撤回も再調査も拒否
ここまでなら本人の資質の問題ですが、安倍首相は20日の衆院予算委で精査中の情報に基づく答弁は撤回したが、データを撤回したわけではないと強調。あくまで不適切なデータを撤回するつもりがないことを明言しました。

これに加えて立憲民主党の逢坂誠二が働く人の労働時間の再調査を求めたことに対しては「労働時間の資料も含めて労働政策審議会(厚生労働相の諮問機関)で審議をした」として拒否。加藤厚労相も「それ(再調査)をしなければ先に進まないということにはならない」としており、あくまで今国会で「働き方改革関連法案」を成立させ、裁量労働制を拡大させる方針です。

これは数の力を頼みにしたゴリ押しを行うと明言したにも等しい状態ですが、政府としては長時間労働による過労死や過労自殺を筆頭とした健康被害の蔓延への対策が二の次であるとの認識を堂々と宣言している状況です。

◆データに117件の「異常」新たに発見、なかったはずの調査票も「発見」
ですが撤回を拒否したデータに新たに117件の「異常」が発見されました。

19日に厚労省が公表した資料を長妻氏が精査したもので、1週間の残業が「25時間30分」だったが、1カ月の残業は「10時間」となっていたり、1日の残業が「12時間45分」だったのに1週間では「4時間30分」だったりするなど、異常な数値がそのまま用いられており、データとしての体を為していません。

このようなデータを撤回せずに重要法案の根拠として採用することはあまりにも無理筋。これでも撤回しないのであれば、それはどうあっても再調査をせず、法案を何としてでも成立させるためのゴリ押しと受け取られても致し方ありません。

また、加藤厚労相が14日の衆院予算委で「なくなっている」と答弁していた調査の際に回答を記入した調査票が厚労省本庁舎の地下倉庫で見つかっていたことも発覚。

当初、担当課のロッカーを調べたが見つからなかったことから「ない」と判断していたが、野党の指摘を受けて確認したところ、20日になって地下倉庫で段ボールに入った状態で見つかったとのことで、こちらも現状では「都合の悪い証拠を隠蔽した」と見られても仕方のないもの。

厚労省は一連の不祥事を受けて裁量労働制拡大や野党の反発する脱時間給制度創設の施行時期の延期に傾いているとされていますが、1年程度ほとぼりを冷ませば今回の不適切なデータのままで押し切れると考えているならずいぶんと国民を軽視した姿勢だと言わざるを得ません。

3年に渡って不適切なデータで「裁量労働制の拡大が必ずしも長時間労働につながるわけではない」と言い続けてきたことは決して見過ごされて良いものではなく、今回の答弁の問題だけの話ではありません。

再調査は必須ですし、「裁量労働制の拡大が必ずしも長時間労働につながるわけではない」という根拠がないのであれば、長時間労働をもたらす裁量労働制の拡大は完全に白紙に戻すべきなのではないでしょうか?

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