柴山文科相「教育勅語アレンジしたら今も道徳で使える、普遍性ある」就任会見で

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いきなりの爆弾発言です。詳細は以下から。

◆「教育勅語アレンジすれば今も使える」という認識
文部科学大臣として初入閣を果たしたことで、3年前のヘイトスピーチ対策PT座長代理時代の同性婚を認めると少子化に拍車がかかる発言に再び注目の集まっている自民・柴山昌彦議員が就任会見で大きな花火を打ち上げました。

柴山文科相は教育勅語についてアレンジをした形で、今の例えば道徳等に使うことができる分野は、私は十分にあるという意味では、普遍性を持っている部分が見て取れると明言。



さらに「同胞を大事にするなどの基本的な内容について現代的にアレンジして教えていこうという動きがあり、検討に値する」とも話しており、単なる自らの認識に留まらず、教育の場での実際の活用にまで踏み込んでいます。

こうした認識は自民党内では全く珍しいものではなく、例えば稲田朋美防衛大臣(当時)は2017年3月8日の参院予算委員会で、社民党の福島みずほ議員の質問に答えて日本は道義国家を目指すべきである。そして(教育勅語の)核の部分は取り戻すべきだと考えていると発言しています。


なお、安倍政権は2017年3月31日に民進党の初鹿明博議員の質問主意書に答える形で、教育勅語を学校教育で使うことについて「勅語を我が国の教育の唯一の根本とするような指導を行うことは不適切である」としたうえで「憲法や教育基本法等に反しないような形で教材として用いることまでは否定されることではない」との答弁書を閣議決定。

柴山文科相の今回の発言は閣議決定された答弁書からさらに一歩踏み出した内容と言えます。

◆現代日本で使われる「教育勅語」
現在の教育勅語の実際の教育の場での使用例としては、森友学園の塚本幼稚園での教育方針の冒頭に教育勅語の素読があることを共産党の小池晃議員が国会で指摘(以下動画動画49:15頃から)。これに対して閣僚席から「いいじゃないか」とのヤジが飛んだ事が大きな話題となりました。


また、先日沖縄県知事選で敗退した佐喜真淳候補が宜野湾市長時代に出席して閉会の辞も述べた日本会議系団体主催の「沖縄県祖国復帰42周年記念大会」(魚拓)で、わかめ保育園の園児26名が教育勅語を奉唱させられている動画(既に削除済み)は大きな衝撃となり、敗北の要因のひとつとなったとも言われています。


◆「教育勅語」に普遍性などなく100%ダメである確固たる理由
残念ながら柴山文科相の認識は完全に間違っており、教育勅語には普遍性などはなく、アレンジして現代教育に使用することは決して許されません。以前BUZZAP!ではこれについて詳細に論じましたが、再度その理由を挙げてゆきます。


・「勅語」である
勅語とは「デジタル大辞泉」での解説を見ると

1.天子の言葉。みことのり。
2.明治憲法下で、天皇が大権に基づき、国務大臣の副署を要さないで、直接国民に対して発した意思表示。

となり、教育勅語そのものを指す場合もあります。ここで分かるのは、勅語というものが当時主権者であった「天皇が臣民に対して下賜した勅使」であったということ。

つまりこの時点で象徴天皇制を採用し、国民主権である現代日本(もちろん海外でも)で使えるような「普遍性のある」代物では無いということが明確に分かります。

・違憲である
1948年に衆議院は「衆議院は院議を以て、これらの詔勅を排除し、その指導原理的性格を認めないことを宣言する。政府は直ちにこれらの詔勅の謄本を回収し、排除の措置を完了すべきである」とする教育勅語等排除に関する決議を行っています。

加えてここでは「これらの詔勅の根本理念が主権在君並びに神話的國体観に基いている事実は、明かに基本的人権を損い、且つ國際信義に対して疑点を残すもととなる。よつて憲法第九十八條の本旨に從い、ここに衆議院は院議を以て、これらの詔勅を排除し、その指導原理的性格を認めないことを宣言する」と違憲であることが指摘され、指導原理的性格を認めないことが宣言されています。

また参議院も同年に教育勅語等の失効確認に関する決議をおこなっており、そこでは「教育勅語は、軍人に賜はりたる勅諭、戊申詔書、青少年学徒に賜はりたる勅語その他の諸詔勅とともに、既に廃止せられその効力を失つている」と確認した上で「しかし教育勅語等が、あるいは従来の如き効力を今日なお保有するかの疑いを懐く者あるをおもんばかり、われらはとくに、それらが既に効力を失つている事実を明確にするとともに、政府をして教育勅語その他の諸詔勅の謄本をもれなく回収せしめる」と念押しをしています。

つまり教育勅語は日本国憲法違反であり、これを政治家(よりによって文科相が)が擁護することは「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」とした日本国憲法第99条の憲法尊重擁護義務に反しており、違憲です。

・教育勅語である必要性がない
教育勅語に書かれてある12の徳目の中には「いいこと」が書かれているとして擁護する向きもあり、稲田元防衛相も今回の柴山文科相も擁護のロジックとしてそうした内容を含めています。しかしこれらの多くは極めて平凡なものでわざわざ教育勅語を持ち出す必要性はありません。Wikipediaの記述を見てみましょう。

1. 父母ニ孝ニ (親に孝養を尽くしましょう)
2. 兄弟ニ友ニ (兄弟・姉妹は仲良くしましょう)
3. 夫婦相和シ (夫婦は互いに分を守り仲睦まじくしましょう)
4. 朋友相信シ (友だちはお互いに信じ合いましょう)
5. 恭倹己レヲ持シ (自分の言動を慎みましょう)
6. 博愛衆ニ及ホシ (広く全ての人に慈愛の手を差し伸べましょう)
7. 学ヲ修メ業ヲ習ヒ (勉学に励み職業を身につけましょう)
8. 以テ智能ヲ啓発シ (知識を養い才能を伸ばしましょう)
9. 徳器ヲ成就シ (人格の向上に努めましょう)
10.進テ公益ヲ広メ世務ヲ開キ (広く世の人々や社会のためになる仕事に励みましょう)
11.常ニ国憲ヲ重シ国法ニ遵ヒ (法令を守り国の秩序に遵いましょう)
12.一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ (国に危機が迫ったなら国のため力を尽くし、それにより永遠の皇国を支えましょう)

1から11までは特に驚くほどのこともない、どこにでもある普通の「道徳」です。これらのことは参議院の「教育勅語等の失効確認に関する決議」の中に記述の現れる教育基本法の第一章第二条の中にも描かれており、わざわざ教育勅語を引っ張り出してくる理由がありません。
第二条
教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。

1.幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。
2.個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。
3.正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。
4.生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。
5.伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。

教育基本法より引用)

つまり「教育基本法の第一章第二条」という何の物議も醸さない理念が現行法の中にあるにも関わらず、敢えて大日本帝国時代に「天皇が臣民に対して下賜した勅使」をアレンジしてまで使いたいと主張するからにはそれだけの意図があるということになります。

・「天皇のために命を掛けて国を守れ」という核心
教育勅語の核心は12番目の徳目にあります。1から11までが平時の生き方に対する極めて平凡で当たり前の「道徳」であるのと対称的に、12番目の徳目は有事の際の生き方です。
12.一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ (国に危機が迫ったなら国のため力を尽くし、それにより永遠の皇国を支えましょう)

これは「有事の際には永遠の皇国を支えるために命を掛けて力を尽くしましょう」ということ。戦前の大日本帝国において、現人神として絶対的な存在である天皇が臣民たる日本国民に向けて下した勅語の中で、命を掛け、力を尽くして皇国を守れと説いているわけです。

この徳目が示すのは、教育勅語では天皇と国が個人よりもはるかに上に置かれ、臣民たる日本人に命懸けの絶対的な忠義が求められているということ。

つまり、教育勅語をなんとか現代に復活させようという人は大日本帝国のような「有事には個人の人権や命を投げ打ってでも日本という国家のために尽くす事を当然とする社会」を目指していると言わざるを得ないのです。

柴山文科相にはぜひ「なぜ現行法たる教育基本法の第一章第二条の活用ではなく、違憲の教育勅語をアレンジしてまで復活させる必要があるのか」について答えてもらう必要があります。

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