タレントの竹田恒泰氏「聖徳太子は中国皇帝とのやりとりに日本の元号を使った、外務省こそ元号を重んじろ」→聖徳太子の時代に元号はありません

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「歴史学者は極左集団」で「歩いてたら後ろから蹴り入れといていいぐらい」の発言で注目を集めている「明治天皇の玄孫(やしゃご)」の血筋を売り物にするタレントの竹田恒泰氏。ですが、どうやら自身はあまり歴史に明るくないようです。詳細は以下から。

◆外務省が西暦への一本化を検討
新元号「令和」が発表された4月1日、外務省が元号を用いた和暦の使用を止めて西暦に統一する方向で検討していることが報じられました。

理由としては、これまで外交交渉では西暦を使用してたものの省内文書では西暦と和暦が混在しており、読み替えが煩雑になってミスを誘発する恐れもあったためとのこと。

ですがこの方針に菅義偉官房長官が記者会見で「外務省がそのような方針を固めた事実は聞いていない」と否定、萩生田光一幹事長代行も「元号も大切にする役所であってほしい」と苦言を呈し、河野太郎外相が「大きくルールを変更するわけではない」と釈明するなどトーンダウンしています。

◆聖徳太子を持ち出して外務省を叩くタレント・竹田恒泰氏
この一連の動きにタレントの竹田恒泰氏が出したコメントを産経新聞社のタブロイド判夕刊紙「夕刊フジ」の公式サイトzakzakが掲載していますが、義務教育で日本の歴史を学んだ人には首をかしげるような内容となっています。以下引用します。

「日本は701年の大宝律令で、元号が制度化された。以来、公文書はすべて基本的に元号で書くのが決まりだ。聖徳太子は、中国の皇帝とやり取りするにも『独立国家の証し』として日本の元号を使い、書をあてた。そんな先人や歴史を外務省は何だと思っているのか。外務省こそ元号を重んじないといけない。聖徳太子も泣いていると思う」

外務省、文書「西暦統一」検討も…批判受けトーンダウン 竹田恒泰氏「外務省こそ元号重んじよ」 - zakzakより引用)

◆聖徳太子の時代に「日本の元号」は存在していませんでした
聖徳太子はご存じのとおり推古天皇の摂政として政治を行った人物で、中国に遣隋使を派遣したことでも知られています。ですが、聖徳太子は574年に生まれて622年に没したとされており、これは竹田氏の述べる大宝律令で元号が制度化されるよりも1世紀近く前の話です。

また、日本の最初の元号大化の改新に際して定められた「大化」で、これは中学校で「蘇我の一族蒸し殺し」と暗記したように、645年の事になります。

つまり、聖徳太子が生きていたのは元号が制度化されるどころか、最初の元号が定められるよりも古い時代のため、聖徳太子の派遣した遣隋使が日本の元号を使う事はできません。

なお、聖徳太子の時代には「法興」という私年号が使われたという説もありますが、真偽不明で元号と呼ぶことはできませんし、遣隋使がこれを用いた証拠も発見されていません。

義務教育レベルのことすら確認せず、皇太子さまをはじめとした歴史学者が多くの検証を積み重ねてきたにもかかわらず「歩いてたら後ろから蹴り入れといていいぐらい」と言い放った竹田氏。


なんと自らのツイッターで、中学向け歴史教科書を出版する意向を明かしています。

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