民放のバラエティではなく、経産省が税金で作ったパンフレットがこの体たらくです。詳細は以下から。
「日本スゴイ!」を柱とした愛国ポルノは今や地上派テレビでは見ない日がないのではないかと思えるほどの日本人に人気のコンテンツ。時には外国を貶めて嘲笑したり、外国人タレントらに美辞麗句を並べ立てさせたりと、手を変え品を変え日本人の優越感をくすぐります。
民放だけでもウンザリするような愛国ポルノですが、なんと経済産業省が「2020年の東京五輪の開催を控え、日本に対する海外の関心が高まる中、クールジャパン商材・サービスの根幹となる日本の「感性」や「価値観」を国内外に発信するため」と称して愛国ポルノ全開のパンフレット「世界が驚くニッポン!」を作ってしまいました。もちろん私たちの税金で、です。
「世界が驚くニッポン!」(PDF)
しかもこのパンフレット、経産省は「コンセプトブック」などと呼んでおり、この時点で失笑もの。なんでこんなものを作ってしまったのか。その背景としてドヤ顔で書かれている文章は以下の通り。
経済産業省では、従来より、日本的価値を基盤とした日本のものづくりやサービスの再評価による日本ブランドを構築するため、「日本らしさ」について検討を重ねてきました。
今後、2020年の東京五輪の開催を控え、日本に対する海外からの関心が高まる中、改めて、日本の「感性」、「価値観」を発信するため、「世界が驚く日本」研究会にて、日本のコンテンツ、ライフスタイル、食、サービスといったクールジャパン商材・サービスの根幹となる日本の伝統的な「感性」や「価値観」を取りまとめました。
(クールジャパン商材・サービスの根幹となる日本の伝統的な価値観をまとめたコンセプトブックを取りまとめました~世界が驚くニッポン!~(METI_経済産業省)より引用)
概要の部分でも書かれていた「2020年の東京五輪の開催を控え、日本に対する海外の関心が高まる」をここでも繰り返しており、ちょっと痛いほどの目立ってる日本アピールです。
このパンフレットで「日本のコンテンツ、ライフスタイル、食、サービスといったクールジャパン商材・サービスの根幹となる日本の伝統的な「感性」や「価値観」を取りまとめ」たのが「『世界が驚く日本』研究会」であると堂々と説明している辺りの自画自賛っぷりは読む前からげんなりさせられるほど。
日本人の感性を表すキーワードとして例示されている「突きつめる」「学びとる」「合わせる」「源をいかす」「思いをよせる」辺りもどこぞの会社の広報のプレゼンテーションかと目を疑う安っぽさとなっています。
◆最初から愛国ポルノ全開
それでも気を取り直して「世界が驚くニッポン!」を読んでいきましょう。
「はじめに」で唐突に問いかけられるのが「あなたは日本がこんなにも注目されていることを知っていますか?」というもの。ここまでブラウザそっと閉じたくなるつかみがかつてあったでしょうか?「出オチがスベる」というお笑いあるあるでも披露しているつもりなのでしょうか?
「第1特集」は続いて「世界は、日本に驚いている!」。そして世界各国の外国人たちが日本のスゴさに驚いているメッセージがてんこ盛りとなっています。愛国ポルノで何度も見た「外国人が日本を褒めちぎる」というセオリー通りのもの。なぜか欧米人は個人名なのにアジア人は全員「留学生」となっています。
◆四季と自然の豊かさについて
次に目にとまるのが「第2特集」。ここでは少し前に厚切りジェイソンが「四季はどこにでもあるよ!」発言で炎上した「日本の四季」がフィーチャーされています。何の独創性もありません。そしてその後には「流氷を見ることができ…」「サンゴ礁も見ることができる」事に「こんな体験は日本だけです」。
残念ながらこれはまた厚切りジェイソンがブチ切れる案件で、アメリカ合衆国も流氷を見ることができますし、サンゴ礁も見ることができます。例えばアラスカ半島のWikipediaには「半島の北部は流氷の限界地域」との記述が見られますし、フロリダ州やハワイにサンゴ礁があることは説明の必要もないほど有名です。私たちの税金でデマの吹聴とは、経産省としてはいったいどういった了見なのでしょうか?
◆虫の音と日本人の脳構造
おなじチャプターに出てくるのが「『虫の音』を音楽や機械音、雑音などと同じように右脳で聴く外国人に対し、日本語話者は左脳で聞く。音ではなく『声』としてとらえる独特の脳構造が、自然の変化に耳を傾けさせ、豊かな表現につながった」という最近流行りのトンデモ日本人論。
この日本人の脳構造の違いという話は角田忠信が1978年に出版した「日本人の脳 脳の働きと東西の文化」という書籍が初出。以降、日本人論という文脈の中でゾンビのように何度も蘇ってきており、最近では2017年1月10日にまぐまぐ!ニュースで「なぜ日本人には虫の「声」が聞こえ、外国人には聞こえないのか?」という記事が掲載されています。
ここでも論拠は上記の角田忠信がネタ元として扱われており、著者はメルマガ「Japan On the Globe 国際派日本人養成講座」発行人の伊勢雅臣。同メルマガのサイトでは自身のプロフィールで「いわゆる「クールジャパン」の草分け的存在として、明日の日本を背負う国際派日本人4万人を育てている」と豪語しています。
国際派日本人養成講座_ウェブリブログ
この伊勢雅臣の「Japan On the Globe 国際派日本人養成講座」のサイトでは、現在森友学園でホットなトピックとなっている教育勅語や差別主義団体在特会前会長の桜井誠(本名:高田誠)の都知事選出馬を絶賛するなど、なかなかに興味深いものとなっています。
No.978 名著探訪(4)_ 昭和天皇をお育てした杉浦重剛の「教育勅語」御進講 国際派日本人養成講座_ウェブリブログ
No.735 井上毅 ~ 有徳国家をめざして(上) 国際派日本人養成講座_ウェブリブログ
No.736 井上毅 ~ 有徳国家をめざして(下) 国際派日本人養成講座_ウェブリブログ
No.963 ヘイトスピーチか公憤か ~ 桜井誠氏の戦い 国際派日本人養成講座_ウェブリブログ
なお、角田忠信の学説に関しては既に1990年の時点でも否定されて学術的には終わった話となっています。だいぶ昔の話でネット上でのしっかりとした批判記事などは少ないのですが、参考となる論文や著作がリンクされているポストを3つほど参考に挙げておきます。
虫の声を聞き取る日本人の脳は特別か? - 火薬と鋼
読者によるコラム:角田忠信教授と日本人論 _ 防衛省OB太田述正の日本はアメリカの属国だ
オノマトペと「日本語の脳」に関する日本語特殊論 - dlitの殴り書き
もちろん発展著しい最新の脳科学で「日本人と外国人の脳構造の違い」とやらが証明されれば大発見ですが、残念ながらそうした成果は出されていません。
◆その他のツッコミどころ
ここから先は正直なところパワポ感に満ち溢れた、それっぽいワードを図表型に散りばめたもっともらしいだけの日本人論が延々と続き、愛国ポルノとして快楽に浸る以外に得るものが多いとは言えません。
もちろん紹介されるそれぞれの芸術品や工芸品そのものが素晴らしいことには異議はありませんが、文脈にこじつけながらこれでもか紹介してみせる感じからはあざとさを隠す気配すら感じられません。世阿弥の「秘すれば花」という言葉を知らないのかと訝しむレベルです。
ということで、いくつか小さなツッコミどころを挙げていきます。まず4ページと5ページの鯖江の眼鏡の紹介なのですが、画像がびっくりするほどジャギっています。世界が注目する日本のものづくりを紹介する最初のページでこんなずさんな仕事を見せ付ける辺りは高度な自虐ネタと言えるでしょう。
(クリックで部分拡大)
また、32ページでは「豊かな四季を楽しむ季節の行事」の中で「『桃の節句』と呼ばれる雛祭り」を挙げていますが、明治改暦によって旧暦と新暦の間に1ヶ月ほどのずれが生じ、桃の節句の新暦3月3日には「あかりをつけましょ ぼんぼりに お花をあげましょ 桃の花」と歌われているにも関わらず、日本のほとんどの地域で桃の花はまだ咲いていません。1873年以来豊かな四季を楽しむ日本人はこのズレに無頓着であり続けているわけです。
太陰太陽暦と歴史表記、乱暴な明治改暦
また、35ページに参考文献として挙げられているイザヤ・ベンダサンの「日本人とユダヤ人」ですが、これは有名なトンデモ本。神戸市中央区山本通で生まれたユダヤ人になりすました日本人の山本七平が1970に出版した書物で、ユダヤ文化と日本文化を比較しながら日本人論を垂れるというもの。河合隼雄や西田幾多郎、丸山真男、ルース・ベネディクトらと並んでこの書物が入っている辺りはお寒いところです。
そして37ページにある「道」の記述を締めくくるのが部活動に励む少年少女の話。この記述がどれほど正確なのか、それとも欺瞞に満ちたものであるかは日本人各位が自らの部活動体験を胸に手を当てて考えてもらえばいいのですが、「日本人のDNA、無意識には、いまもなお『道』が宿っている」とDNAを持ち出してくる辺りの無意識な優性学的傾向には薄ら寒いものを感じざるを得ません。
部活動に励む少年少女は、監督やコーチの指導のもと、懸命に練習に打ち込み、全力を心掛け、何より礼儀作法を教え込まれる。ここには、単純な技能向上としての訓練を超えた、「道」の精神が宿っている。その練習風景を見た外国人は、驚かずにはいられないという。日本人のDNA、無意識には、いまもなお「道」が宿っているのだ。
ということで、経済産業省商務情報政策局生活文化創造産業課が総力を結集して作り上げたこの「世界が驚くニッポン!」が延々と低レベルの日本人論をこぎれいに並べただけの愛国ポルノでしかないことがお分かりいただけたと思います。
そして「世界が驚く日本」研究会のキーコンセプト発信検討委員の中にNHK国際放送局の舘谷徹局長とTSUTAYA図書館で悪名高いカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社の増田宗昭代表取締役社長も含まれていることを挙げておきます。
なお、英語の対訳が全てのページにあることからも分かるように、「世界が驚く日本」は在京大使館、政府・政府関係機関、地方自治体、企業関係者等に広く発信するためのパンフレットとされています。日本人の日本人による日本人のための愛国ポルノを読まされる外国人が気の毒でなりません。
最後にこの記事をお読みの方に質問です。「鏡よ、鏡、鏡さん、世界で一番美しい人は誰?」と毎日問いかけて「それは王妃よ、あなたです」という鏡の答えに喜ぶ白雪姫の継母の王妃の姿を美しいと思う人はいないでしょう。では「鏡よ、鏡、鏡さん、世界で一番素晴らしいのは何人?」としつこく問いかけ「それは日本人です」と答える愛国ポルノをアヘ顔ダブルピースで堪能する日本人の姿を美しいと思う人は、果たしてこの世に存在するのでしょうか?
なお、経産省の作成した「大阪万博展開事例集」も酷いことになっています。
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