キングコング西野の絵本Web無料公開と「お金の奴隷解放宣言。」は、どこがまずいのか


芸人のキングコング西野が執筆した絵本をWebで無料公開して物議を醸しています。どこがどう問題なのでしょうか?

半額、格安、無料、日本人なら思わず振り返ってしまう魔法のワードです。ですが、それは喜んでばかりいられる話ではありません。

今回、絵本作家としても活動する漫才コンビ「キングコング」の西野亮廣さんが2016年10月に発売された自らの絵本「えんとつ町のプペル」をWebで全ページ無料公開することを自らのブログで宣言し、物議を醸しています。

キングコング 西野 公式ブログ - お金の奴隷解放宣言。 - Powered by LINE


「えんとつ町のプペル」の発行部数はこの3ヶ月で23万部という絵本としては異例の大ヒットとなっており、現時点のamazon絵本ランキングの堂々たる1位でもあります。

本人は「マグレ当たり」としていますが、総勢33名のイラストレーターと世界初とされる分業制で4年半の期間をかけて作り上げたのがこの「えんとつ町のプペル」。内容については無料公開された全編を各自読んで判断いただけばよいのでここでは触れませんが、それぞれの絵のクオリティは素晴らしいものになっています。

西野さんはこの「えんとつ町のプペル」を作るにあたり、制作費をクラウドファンディングサイトWESYMで募集していました。そこで集まったお金は目標の600万円を大きく超える1000万円(サイトでは「シード」となっています。1シード=1円)。

【世界初】キングコング西野が、常識破りの手法で絵本『えんとつ町のプペル』を作る - クラウドファンディング WESYM

また、「えんとつ町のプペル」の完成に伴った個展「えんとつ町のプペル展」を「チビッ子がフラッと入ってこれる空間にしたい」として入場無料で開催するために再びクラウドファンディングを使い、こちらはCampfireで6257人から4637万円を集めています。

キングコング西野の個展『えんとつ町のプペル展』を入場無料で開催したい! - CAMPFIRE(キャンプファイヤー)

時期が違うとはいえ「この世界の片隅に」のクラウドファンディングが3374人から3912万円を集めて当時の日本記録を達成したことを考えると、これは非常に大きな反響です。

西野さんはブログで自らを「子供には異常に優しい」と言うように、今回の無料公開も小学生からの「2000円は高い。自分で買えない」という意見を反映したものでした。

絵本であれそれ以外の作品であれ、制作に多くの人が関わり、出版社(幻冬舎)が絡んで金銭の授受が発生する作品の無料公開自体アリなのかという部分に関しては、販売戦略としてはアリということになります。

例えば音楽の世界ではアーティストがフリーライブを行うこともあれば、楽曲を無料ダウンロードさせてくれることもあります。それはアーティスト側からの利益の還元やサービスでもあり、プロモーションとしても機能するもの。入口として触れてもらったり、ファンへの感謝の表現など目的は多様です。

もちろんそうした無償化が本人を含めて関わった人々の人件費を削って行われるものであればそれは問題となりますが、今回のケースでは「制作スタッフには最初の段階ですでに給料が支払われています」とのことで、西野さんと幻冬舎が合意している以上(西野さんの独断はあり得ません)戦略として文句を付ける筋合いの話でもありません。

Webで無料公開されている作品をお金を払って買う人がいるのかという疑問もあるかも知れませんが、これは確実に存在します。例えば竹熊健太郎さんが責任編集を努める無料オンライン・コミック・マガジン「電脳マヴォ」ではネットで大きな話題となった「良い祖母と孫の話」や「同人王」などの作品を紙媒体で出版している他、多くの作品群を有料の電子書籍化しています。

では、何がまずいのか。これは絵本Web無料公開というよりは、西野さんのブログの内容ということになってきます。以前から西野さんは話題となったブログポスト「反撃ですよ。」のような挑発的な文章を書いてきましたが、今回は「お金の奴隷解放宣言。」と大きく出ます。

その中で上述の小学生の意見に対してこのように綴ります。

《自分は『えんとつ町のプペル』を子供にも届けたいのに、たった「お金」という理由で、受けとりたくても受けとれない子がいる。》

双方が求めているのに、『お金』なんかに「ちょっと待った!」をかけられているのです。

お金を持っている人は見ることができて、
お金を持っていない人は見ることができない。

「なんで、人間が幸せになる為に発明した『お金』に、支配され、格差が生まれてんの?」
と思いました。
そして、『お金』にペースを握られていることが当たり前になっていることに猛烈な気持ち悪さを覚えました。

「お金が無い人には見せませーん」ってナンダ?
糞ダセー。

キングコング 西野 公式ブログ - お金の奴隷解放宣言。 - Powered by LINE


お金に支配されて格差が生まれることが良いとは言えませんが、それにしても「お金が無い人には見せませーん」ということに対して「糞ダセー」です。ここで何を見せないかというと、それは絵本はもちろん、映画や漫画や雑誌や書籍や絵画などの作品ということになります。

以前から日本には、モノではない技術や技能、才能やセンス、またそれらの結晶である作品に対してお金を惜しむという極めて悪しき風習があります。例えばBUZZAP!では以前クールジャパンの担い手である若手のアニメ制作者らが極めて劣悪な環境と少なすぎる賃金で働かされていることを伝えました。

また、文章のジャンルではクラウドソーシングで数百円という異常に安すぎる対価で素人ライターによって粗製濫造された文章が氾濫し、著作権侵害や画像盗用などでDeNAの医療系サイト「WELQ」を始め多くのサイトが閉鎖に追い込まれました。西野さんが疑問視する

お金を持っている人は見ることができて、
お金を持っていない人は見ることができない。


という理由は、作品の制作には必然的にコストが掛かり、見合った報酬がなければクリエイターは生活していけないからです。そしてクリエイターの才能やセンスは自ら時間とコストを掛けて技術や技能として洗練させたもので、どこかの泉から無限に湧き出してくるようなものではありません。

「お金が無い人には見せませーん」「糞ダセー」と一刀両断するのは、クリエイターに然るべき対価を支払うべきだという当たり前の理屈を叩き壊そうとすることで、日本に蔓延するクリエイターへの支払いを惜しむという風潮を後押しします。

既に劣悪な状況で苦しんでいるクリエイターが大勢いる以上、この無料公開を美談として拡散し、この風潮をさらに推し進めるのであれば、日本から多くのクリエイターが「淘汰」されて行くことに繋がるでしょう。それはブログポストの最後に

…てなワケで俺は無料にするけど、その代わり他のクリエイターに「西野はタダにしたんだからおまえもしろ」なんて絶対言っちゃダメよ。


と但し書きをしたからといって抑止できるようなものではありません。

稼げないやつは淘汰されて当然なのかといえばそれは非常に危険で、裾野が狭くなれば大きな才能が伸びる可能性も減りますし、経済的な理由から豊かな才能を持っていてもクリエイターの道に進む選択を諦めざるを得ない人も増えます。そうなればジャンルやシーンが土台から崩壊することも十分にあり得るのです。

西野さんは芸人としても活動して圧倒的な知名度を誇り、これまでも数々の絵本を出版してきています。実験的で意欲的な試みにも多くのファンがクラウドファンディングという形で手を貸してきました。自分の力でそこまで登っていったことは疑う余地もありませんが、これは名実ともに成功者だからこそできる技です。

西野さんの言う「恩で回す世界」という発想が悪いとは思いませんが「その瞬間は1円にもならなくても、後から何とでもなると思っていますし、なんとかします」というのはその瞬間を生きるのに困らない、余裕ある人の態度であることは間違いありません。

であればまずは目指すべきは、クリエイターが「その瞬間は1円にもならなくても、後から何とでもなる」ような世界ですし、そのためにはまず現在の日本のクリエイターの不遇な状況の改善から始めなくてはなりません。

ですから、絵から紙の質にまでこだわった「えんとつ町のプペル」が2000円というのは決して割高な値段設定ではありませんし、その対価を要求することはクリエイターにとって大きなプラスとなります。そのように全てのクリエイターがスキルに見合った対価を得ることで彼ら彼女らは生活を安定させ、さらに質の良い仕事ができるようになってゆきます。

そしてクリエイティブな仕事は単に上下の勝ち負けという話だけで測れるものではありません。より広い裾野を持ち、より多くの可能性が内包されることでその社会のクリエイティビティはさらに豊かなものとなってゆくはずです。

では西野さんはどうすべきだったのか?既にネット上でも言われていることですが、全国の図書館に寄贈すればお金のない子供でも、またネット環境の整っていない子供でも自由に無料で閲覧することができたのではないでしょうか。

図書館に行けば「えんとつ町のプペル」に限らず、たくさんの素晴らしい絵本や児童文学に出会うこともできます。そして多くの子供が図書館という場所に出会うきっかけを作れるのだとしたら、それは非常に多くの「恩を送る」ことにもなる気がするのですが…?

※なお、こうした挑発的なブログでの物言いも西野さんと幻冬舎による知名度アップを狙った炎上商法という見方もありますが、そうなると「お金の奴隷解放宣言」があまりにも壮大なギャグとなってしまい、いくらなんでもあんまりなので当サイトではその見方は採用していません。

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