ドラえもんを産み出した藤子・F・不二雄の生まれ故郷を訪ねてみました。詳細は以下から。
土管のある空き地、ガキ大将、カミナリ親父、ドラえもんを始め藤子不二雄作品にしばしば登場するモチーフは、藤子・F・不二雄こと藤本弘が生まれ育った富山県高岡市の風景に深く根ざしたものでした。
藤子・F・不二雄ミュージアムといえば、自身が亡くなるまでの35年を過ごした川崎市のものが有名ですが、生まれ故郷のこの地にも2015年11月に「藤子・F・不二雄ふるさとギャラリー」という上京までの日々を中心としたギャラリーが開設されています。
BUZZAP!取材班がまず降り立ったのはJR高岡駅。ギャラリーに向かう前に駅前にある「ドラえもんの散歩道」をチラ見して行くことにしました。
路面電車の万葉線やバスターミナルのあるメインの北口に向かいます。
正面の高岡市生涯学習センターホールの庭に設置されているとのこと。左手側からペデストリアンデッキを歩いて向かいます。
ドラえもんのメインキャラクターたちがずらりと並んでいます。
どっしりとした質感のドラえもん。
のび太君とドラミちゃんです。慣れ親しんだ旧アニメ版のデザインに見えます。
奥には円形に配置されたお馴染みのキャラクターたちも。正直思ったよりあっさりしていますね。
ということで、JR氷見線に乗って1駅の越中中川まで来てみました。静かな駅ですが、近くに高校があるため若者を結構見かけます。
なかなかかわいい駅舎です。
駅前にはコンビニなどはないので注意。
細い道を歩いて行くと…。
高岡市美術館が見えてきます。
この時は「THEドラえもん展」も開催されていました。
正面玄関から入ります。
「THEドラえもん展」関係なのか、巨大なドラえもんがエントランスホールに鎮座していました。こっちも気になりますが、目的は「藤子・F・不二雄ふるさとギャラリー」なのでそちらに向かうことに。
ちょっと目立たない奥のエレベーターから2階に上がります。
2階にもドラえもんがいました。
こちらは懐かしの最初期型ドラえもんです。高岡市の伝統産業である「高岡銅器」で作られているとのこと。
残念ながらギャラリー内は撮影禁止。ここで重点的に展示されているのは藤本弘の幼少期から上京するまでの幼少期から青年期までの足取りです。
当時の高岡市には空き地が多かったこと、ガキ大将にいじめられたこと、戦争帰りの怖いおじさんたちの存在など、自らの少年時代の風景や経験が現在も続く国民的アニメの風景に直接影響を与えていることがありありと分かるように展示されています。
まだ戦争中だった1944年、後の藤子不二雄Aである安孫子素雄が転校してきて同じクラスになった話や、中学時代に手描きで漫画や小説を雑誌風にまとめて(今で言うならば同人誌的なものでしょうか)友人たちに見せていた話など、レジェンドの伝説的な逸話が並びます。
中学校時代から高校時代に掛けて、藤本弘は時に単独で、時に安孫子素雄と共作の形で漫画の投稿を行っており、17歳の時には初めてマスメディアである毎日小学生新聞に「天使の玉ちゃん」が掲載されてプロデビューを果たしました。
その後、高校を卒業した後にふたりは上京してトキワ荘に住むという「まんが道」に描かれた日々を送ることになるわけですが、あの時代に漫画家を目指して東京に行くという藤本弘を母親が飄々と認める話などは読んでいて引き込まれます。
また、なかなか見ることのできない初期作品などを実際に読めるコーナーもあるので、ゆっくり時間を取って何冊か読んでみるつもりで訪れてみるのもいいかもしれません。
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