「関西虫食いフェスティバル」を主宰した昆虫エネルギー研究所代表の佐藤裕一氏が今注目している2種類の昆虫について熱く語ります。
「昆虫食はもう虫を食ってどうこうというレベルの話ではない」と語る昆虫エネルギー研究所の佐藤裕一代表。シルク醤油でその昆虫食の間口を大きく広げようというアイディアは、こうした流れをさらに推し進めることになるのでしょうか?
そんな佐藤代表には蚕の他にもうひとつ、注目している昆虫があるといいます。少子高齢化社会での地域振興から宇宙開発、先端産業まで話の広がった前編ですが、後編はさらに話が広がります。
BUZZAP!(以下B):
昆虫食がここまでメジャーな存在になってくると、以前とは「昆虫食界」的なものも違ってきたりはするのでしょうか?
佐藤(以下:佐):
ここ数年で雰囲気は大きく変わっています。これまでは小さいマニアックな趣味のコミュニティのような雰囲気がどこかにありましたが、既にビジネスとして参入しようと考えている人が増えてきています。
その中で、これまでのオープンでウェルカムな空気よりも、それぞれが何かを企画してやっていこうという、その中で情報がクローズになるようなことも増えてきたように感じています。
もちろん昆虫食の認知度が高くなるということは産業になっていくことですし、企業がビジネスとして参入していくなかでこれからも変わっていくと思います。アンダーグラウンドだったものがメジャー化していく時には必ずあるんじゃないですかね?
B:
キャズム越えのようなものがやってきていると?
佐:
それが来ることはもう疑いようはないと思います。いつ来るのかという話ですね。個人的には2020年以降にはなると思います。欧米でブレイクして、それが東京オリンピックの終わった日本に少し遅れてやってくるのかなという印象です。
B:
そうした状況の中で、佐藤代表は蚕に注目しているというわけですね?
佐:
そうです。シルク醤油というライトな入口があり、サナギを食べるにしても見た目や味的に抵抗も少なく、元々の歴史も長くイメージも高級な、ゲートウェイになり得る昆虫だと考えています。
ですが、蚕ともうひとつ私が注目しているのがゴキブリです。
B:
ゴキブリですか!一昨年の「関西虫食いフェスティバル」でも最後にアルゼンチンモリゴキブリを食べましたが、あれは美味しかったです!
佐:
みなさんそう言うんですよ(笑)。でも、私から見ればアルゼンチンモリゴキブリって昆虫の中で格別に美味しいという訳ではないんです。料理法も素揚げに塩を振っただけですし、他にも美味しい昆虫をフレンチ歴10年のシェフがいろいろ料理してくれたんで、純粋に味で言ったらそっちの方が美味しいはずなんです。
B:
ではあの衝撃的な美味しさってのは単に味の問題というわけではなかったと…?
佐:
そう考えています。それがゴキブリという昆虫の面白いところなんですよね。一般的に言ってゴキブリってみんな嫌いですよね?
B:
嫌いですね。あの場で食べるまではやはり抵抗ありましたし。
佐:
そうなんです。極一部のマニアを除いたらほぼ全員が嫌いなんです。そしてニュートラルにゴキブリに接することのできる人って、おそらくその極一部のマニアよりも少ないと思ってます。
B:
そういえばそうですね。自分で殺せるか殺せないか、殺し方も新聞や雑誌で叩けるか、スプレーでないと無理かって違いはありますが、みんなどこか「人類の敵」扱いしていますね。
佐:
そしてなんでみんなあんなに嫌いなのか、突き詰めていくとよく分からないんですよ。例えばスズメバチみたいに致死性の毒を持っているわけでもないし、蚊のように病気を媒介するわけでもない。以前は蠅のように不潔だと考えられてきましたが、大して汚くもないんです。アブや蟻のように刺したり噛んだりする事すらしません。でも、こうした実害のある虫に比べても極端に嫌われてるんですよね。
気になって周囲の人に聞いてみると、黒いからだとか、素早いからだとか、増えすぎるから嫌だとか、いろいろ理由は付けてくるんです。でもカブトムシやクワガタは平気だし、トンボみたいに素早く動く昆虫も嫌いではない。増えすぎるっていうのは実は誤解で、ゴキブリは一度に十数匹しか卵を産みませんし、成虫になるのに1年以上かかる種が多いんです。
Photo by Wikipedia
そういう理由をひとつずつはずしていくと結局ゴキブリを嫌うこれだという理由って特定できないんですよ。この感情が何に似ているかというと、差別感情に近いような気がしています。理由抜きにゴキブリだから嫌いだということで、その後付けにいろいろ理由を付けてくるような。
B:
その意見はとても興味深いですね。BUZZAP!で以前記事にしたんですが、法務省が今年に入ってヘイトスピーチの典型例を提示したんです。その典型例の中には「ゴキブリに例えるなど著しく侮蔑する言動」というものもあるんですが、例える対象として法務省が最初に持ち出しているのがゴキブリなんですよね。
実際にヘイトデモの動画などを見ると差別者が差別対象とする人を「ゴキブリ!」と呼んでいたりもしているんです。
佐:
なるほど…。差別感情とゴキブリはそこまで根深く繋がっていましたか。私としてはゴキブリへのそうした感情は忌みや汚れのようなものと繋がっていると考えてきました。
実は江戸時代くらいにはゴキブリはそんなに嫌われていなかったんですよ。数が多くなかったり、人家が今ほど快適な環境でなかったこともあるかもしれませんが、だからこそある程度年中暖かくて居心地のいい、裕福な家にしか現れなかった。だからある種縁起物のように考えられていたふしすらあるんです。
B:
三段腹が裕福さの象徴とされる…みたいな意味合いですかね?
佐:
そんな感じだと思います。そして記録を見ても明治になり、戦後になっても実はまだゴキブリって嫌われていないんですよ。戦後くらいまで日本人にとって問題になっていたのはノミやシラミでした。
B:
そういえば戦中の生活を描いた「この世界の片隅に」でも、ノミやシラミの描写は出てきたけどゴキブリは影も形もなかったですね、原作でも映画でも。エピソードになるような存在ではなかったということですか。
佐:
ノミやシラミは進駐軍がDDTをぶっかけて回ったのと、その後の衛生状態の改善によって減っていき、その後に問題になったのが蠅でした。そしてその蠅も減ってきて、次にターゲットにされたのがゴキブリだったんです。
実際にゴキブリ駆除を謳った殺虫剤の広告が出回るのは昭和39年(1964年)頃のことなんですよね。ご存じのとおり、東京オリンピックの年です。行政などもオリンピック開催に当たって東京を綺麗な街にしようということで、このタイミングでゴキブリは汚いもの、駆除すべきものという共通認識が官民一体となって作り上げられていったんです。
Photo by Wikipedia
B:
そんなにゴキブリを嫌うことって歴史が新しいんですか!
佐:
実はそうなんですよ。とても歴史が新しくて、しかも人工的に作り上げられた嫌悪感なんです。ゴキブリは個体としての生命力の強さもあって駆除はしきれず、今も私達の生活環境と不可分に存在し続けています。
1973年に「ごきぶりホイホイ」が発売され、その後も多くのゴキブリ駆除剤が開発されてきました。衛生状態もどんどんよくなり、私たちの生活はどんどん清潔になり、しかし都市部を中心に自然からどんどん切り離されてきています。
でも、実は人間の心っていうものは自然からそんなに簡単に切り離せないものなんじゃないのかと私は考えています。雨や風、暑さや寒さといった天候の変化や厳しい自然環境があり、肉食獣や害虫などの外敵が存在し、真っ暗な夜の闇がある。そんな自然の残された最後の一点としてゴキブリは私たちに自然の驚異を味わわせているんじゃないかと思うんです。
B:
確かにアンダーコントロールにできない要素ですからね、ゴキブリは。
佐:
人間の心はどこかでそういうものに触れることを望んでいるのかもしれないとふと感じることがあります。ある種「畏怖」のような…。
B:
なんだか自然神や妖怪みたいですね。
佐:
実はゴキブリを見た時の人の反応って、お化けを見た時の反応に近いんですよね。お化け屋敷で「ギャーーーーーー!!」って叫んでいるのとゴキブリを見て「ギャーーーーーー!!」って叫んでるの、凄く似てるんですよ。
B:
あああ、確かにそうかもしれません。スズメバチや蠅を見てもそんなことはないのに、ゴキブリへの反応はヒステリックな程に激しいですもんね。身体をこわばらせて悲鳴を上げるとか、単なる昆虫に対する反応と考えるとちょっと異常ですよね、危険もないのに。
佐:
ゴキブリはそういう経緯を経て、一種の神性を纏うようになったんじゃないかって思うんです。
B:
「千と千尋の神隠し」の腐れ神のような、ある種の厄介者の神ですね。負のイメージをこれでもかと追わされている事を考えると悪魔化されたと考えてもいいかもしれませんね。
佐:
実際そうだと思います。悪魔なんてのも元々異教で神様だったのを貶めた存在ですしね。
B:
確かにいろいろ納得いきますね。ゴキブリだけがあれだけ多くの人にヒステリックなまでに嫌われるのはなぜか。あんなに激しい感情や反応を理由もなく引き起こすのはなぜか。それはゴキブリは妖怪や神や悪魔に近い存在になっているからだと。
たしかに直接ゴキブリって呼ばずに「黒い悪魔」「這い寄る混沌」なんて忌み名で呼んだり「G」って頭文字で呼んだりしますね。これ、よく考えたら禍々しい神様の扱いと一緒ですね。
佐:
でしょう?だからゴキブリを食べる事って単に昆虫食に留まらない意味があって、あれだけの人が一番美味しいという反応になったんだと思います。
B:
悪魔化された神を食べて体内に取り込むって、もうこれ完全に宗教儀礼じゃないですか。あの時ゴキブリを食べてから抵抗感が消えたのは、それによって呪縛が消滅したからということにでもなるんでしょうか?
佐:
間違いなく何かのハードルを越えたんだと思いますよ。昆虫食そのものも心理的なハードルを越えるって体験になりますが、ゴキブリはそういう意味でとても特殊なんだと思います。
B:
あれはイニシエーション(通過儀礼)だったんですね。人工的に作り上げられた悪魔をひとつの昆虫として食べることで、その悪魔を打ち破るという…。
佐:
私がゴキブリに注目しているのはそういう側面も大きいですね。もちろん昆虫食として考えた時にも、利点もあります。餌は本当に少量でいいし、水もほとんど要りません。尿をしないので臭いが出ませんので、手間をかけずに簡単に飼育できるんです。低コストで手間が掛からなければ数も増やせますからね。
しかも、ゴキブリってある程度の社会性を持ってるんですよね。コオロギなどは親と子を一緒にしておくと、親が全部子を食べてしまうんですよ。でもゴキブリは共食いはしません。私もゴキブリを飼育したことがあるんですが、場合によっては親が子を守るような動きを見せることもあるんです。
B:
それは意外ですね。まったくイメージと違うんですね。
佐:
よく見るととても面白い昆虫ですよ。3億年以上前から完成したフォルムを持っていて、代謝システムも非常に優れています。生物の完成形のひとつと言っても過言ではないと思います。
B:
なんというか、蚕とは対称的な感じがしますね。
佐:
それもあって私が注目しているのが蚕とゴキブリなんです。驚くほどいろいろな面で真逆なんですよ、このふたつの昆虫って。
例えば分かりやすいところだと蚕は白く、ゴキブリは黒いですよね。そして3億年前に完成されたゴキブリに対して、蚕は人間がこれ以上ないくらい手を加えて改良し続けてきた昆虫です。
ゴキブリの生命力の驚くほどの強さに比べて、蚕は野生回帰能力のない唯一の家畜化動物で、人間がいなければ生きていくことはできません。
桑の木にとまらせても白いからあっという間に鳥に食べられるか、まともにしがみついていられないので落ちて死んでしまいます。成虫も筋肉が退化しているので、翅はあるけれど飛ぶことは不可能なんです。
B:
本当に真逆ですね…。
佐:
それに、蚕は古事記や日本書紀でもオオゲツヒメ(大気都比売神)やウケモチ(保食神)といった食物神から生まれたとされているんです。いわゆる食物起源神話に出てくる重要な食物のひとつなんですよね。
さらには蚕そのものも養蚕家からは「お蚕様」と神格化されたり、「おしら様」という蚕の神様が崇められたりしたりもしています。
Photo by Wikipedia
B:
悪魔化されたゴキブリと神格化された蚕、確かに対称的な存在ですね。
佐:
どちらも単なる昆虫という範囲に留まらない昆虫なんです。そしてどちらも極めて将来性が大きい。
B:
そういえばBUZZAP!でも栄養の非常に豊富なゴキブリミルクやゴキブリパンの開発を記事にしたこともありました。昆虫食としてのポテンシャルをハイレベルで保ちつつ、そこに収まらない昆虫。確かに注目に値する存在ですね。
佐:
面白そうでしょ?いろいろな方面から仕掛けていくので楽しみにしていてください。
B:
今日はありがとうございました!
インタビュー前編「『関西虫食いフェスティバル』を主催した佐藤裕一氏インタビュー前編、新しい昆虫食の可能性「シルク醤油」とは?」はこちらから。
※インタビューは大阪府貝塚市のそぶら山荘にて行われました。
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