連日メディアを大きく騒がせていたにもかかわらず、認可されてしまった加計学園の獣医学部。
首相夫妻どころか元内閣官房参与、官房副長官、元首相補佐官などの与党幹部、最高裁判事までもが関わりを持っており、認可関係者が第三者であるかのような振りをして擁護を繰り広げるなど、あまりにも大がかりな仕掛けのため、全体像を把握できずに振り回されてしまう人も多いかと思われますが、問題の本質はどこにあるのかを考えてみました。詳細は以下から。
◆そもそも加計学園が獣医学部を作る必要がない
まず一番最初に確認しておきたいのが、加計学園に獣医学部を作らせる必要はどこにもないという点。
以前Buzzap!でもお伝えした通り、今回獣医学部が認可された岡山理科大学の既設学部学科の偏差値はわずか35~45。学科によってはボーダーフリー(偏差値が付けられない水準)な上に、獣医学部を抱える他の大学のように、農学や医学分野で実績を積み重ねてきたわけでもありません。
一方で四国には、かねてから地域の農業、畜産業に根ざした研究活動を行ってきた愛媛大学や香川大学の農学部があります。さらに医学部もあるため、国策で獣医学部を増やすのであれば、これらの大学に担わせたほうが現実的です。
◆すでに加計学園は薬剤師教育に失敗している
同じ加計学園系列で、学部学科すべてが偏差値35~40という「千葉科学大学」では2004年から薬学部が設置されていますが、定員割れを繰り返しているのが現状。
「開学以来、千葉科学大学の薬学科では、国家試験受験者の約9割が薬剤師の有資格者として、さまざまな医療関係の場で社会に貢献しています」として、2012~2016年の薬剤師国家試験平均合格率が83.9%だったと訴えていますが……
薬学部が選ばれる4つのポイント|薬学部|学部・学科・大学院・別科紹介|大学案内|千葉科学大学
直近(2017年)の薬剤師国家試験受験状況を見てみると、2011年に77人の入学者がいたにもかかわらず、受験者が28人にまで絞り込まれ、合格者は24人。創立13年目でこの数字です。
「合格率を引き上げるため、合格できそうな見込みがある学生にだけ受験させる」というのは、一部の大学でみられる手法ですが、「入学者の3分の2が薬剤師になれない」という時点で薬剤師教育に失敗していると言わざるを得ません。
ストレートで薬剤師国家試験にパスできたとしても、6年間で1000万円を超える高額な学費が必要となる千葉科学大学薬学部。見せかけの合格率で学生を呼び込む真似は、非常に不誠実です。
◆「誘致した自治体は借金地獄、生まれた大学も定員割れで赤字」という地獄
ちなみに千葉科学大学を誘致した千葉県銚子市は、加計学園に92億円(後に補助金14億6千万円を返還)の補助金を支払いましたが、経済効果は当初試算された69億円の3分の1以下となる21億円。
誘致によって市の財政が潤うことはなく、14年度末でも約44億円が借金として残っており、「第2の夕張」も見えてくる事態に。加計学園・岡山理科大学獣医学部を誘致した愛媛県今治市が二の舞を演じることは想像に難くありません。
そして何より問題なのが千葉科学大学は看護学部以外のすべての学部が定員の7割弱しか入学者を集められない、定員割れの状況が続いているということ。
経常収支も平成28年度、前年度ともに赤字。千葉県銚子市が借金地獄に陥って生まれたのは、慢性的な赤字を抱えた定員割れの大学でした。
◆獣医学部新設を認めても「公務員獣医師」は増やせない
たとえ誘致した自治体が借金地獄に陥ったとしても、千葉科学大学薬学部のように、獣医になれない学生を大量に生み出したとしても、それでも加計学園が獣医学部新設にあたって掲げた「公務員獣医師」さえ増えればいいんだ……と考える人がいるかもしれません。
しかしBuzzap!編集部で和歌山県の職員手当を調査してみたところ、加計学園の獣医学部が取り組むことを表明している口蹄疫、鳥インフルエンザなどの家畜伝染病対策に「公務員獣医師」として従事した場合、職員が得られる特殊勤務手当は1日につき330円だそうです。
職員の特殊勤務手当に関する条例
狂犬病に感染した犬などを捕獲・収容する場合はさらに270円が上乗せされるとしていますが、それでも1日で600円。つまり1ヶ月(営業日換算で22日)にわたって狂犬病のおそれがある動物を追い回す日々を送っても、獣医師という資格によって上乗せされる手当はわずか1万3200円(年額15万8400円)です。
岡山理科大学獣医学部の学費はまだ公開されていませんが、薬学部と獣医学部の学費がほぼ同じ北里大学のケースを踏まえ、千葉科学大学薬学部と同額と考えると、6年間の学費はおよそ1152万円。300万円台で済む国立大学と違って、定年までに手当てで学費をペイでするのは不可能です。
◆人口もペット飼育数も減る中での獣医師増、需給バランスは確実に崩壊へ
そして最も大きな問題が、今まで930人だった獣医学部の年間定員が、岡山理科大学獣医学部(140人)認可によって「獣医師の供給バランスが一気に崩れる」という点。
農林水産省が2007年に行った獣医師の需給予測では、「2020年をピークに犬猫の飼育頭数は2040年までほぼ変わらない」という前提で話が進められていました。
しかし2016年末時点での全国の推計飼育頭数は、2015年の予測値より約434万頭も少ない犬987万8000頭、猫984万7000頭。特に犬の飼育頭数がどんどん減少しています。
もともと超少子高齢化社会を無視したガバガバの予測だったことは否めませんが、日本の総人口が減り、ペットを飼うことができない高齢者がどんどん増える局面で獣医師を大幅に増やせば、今後強烈な供給過多に見舞われることは容易に想像できます。
もちろんそのような社会では収入も目減りするため、経営が成り立たなくなる開業医も相当数生まれることに。その場合、ペットを飼っている人たちが困ることになるわけです。
◆「難関資格で一発逆転できる社会」が失われつつある
資格取得に高額な費用と時間、なにより勉強が必要にもかかわらず、また一つ、"規制緩和"の美名のもとに生まれてしまうことになる「食えない難関資格」。これからの人口減社会では、定員増より再編による質の向上が求められるはずです。
医院の数がコンビニより多くなってしまった歯科医はもちろん、文系にとって花形だった弁護士も「法科大学院(ロースクール)」開設で供給を増やしたところ一気に供給過多に陥り、すでにワーキングプアすら発生しています。
貧しい人たちが這い上がる近道の一つだった「難関資格を取って一発逆転」が封じられてしまうのは、あまりに希望のない話。分かりやすく言うと「教育で身を立てれば報われる」という社会が失われつつあるわけです。
これから獣医を目指す人、すでに獣医師として働いている人はもちろん、過当競争がサービスの質の低下を生むことで、ゆくゆくはペットを飼っている人々にとってもマイナスとなる未来すら見えてきましたが、今回の獣医学部新設認可で得をしたのは一体誰なのでしょうか。
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