2007年に下り最大3.6Mbpsのパソコン向け定額高速通信サービス「EMモバイルブロードバンド」をいち早くスタートさせ、モバイルWi-Fiルーター「Pocket WiFi」をヒットさせたことでも知られる「イー・モバイル」事業を展開するイー・アクセス。
総務省が新たに追加割り当てを行う1.7GHz帯の獲得を希望していますが、はたしてその主張はどれだけ妥当なものなのでしょうか。同社の資料から紐解いてみました。
◆イー・モバイルの現状を再確認
・電波の割り当て状況
まず資料を紐解く前に確認しておきたいのがイー・モバイルへの電波割り当て状況。以下の帯域が割り当てられており、2013年9月時点で利用できるのは1.7GHz帯の15MHz幅のみ。
700MHz帯:10MHz×2(2015年から利用可能)
1.7GHz帯:15MHz×2
LTE端末に格安で機種変更できる施策などの導入でLTEの通信量が3Gを上回ったことを受け、2013年8月には3Gの帯域を5MHz幅、LTEの帯域を10MHz幅に再編。「EMOBILE LTE」の通信速度を下り最大75Mbpsに引き上げています。
・「UE Category 4」導入も帯域が足りず、生かせない事態に
イー・モバイルは2012年から下り最大150Mbpsの超高速なLTE通信が可能になる規格「UE Category 4」に対応したモバイルルーター「GL04P」「GL06P」やスマートフォン「GL07S」を順次投入。
しかし実現には20MHz幅が必要なため、公式ページでは以下のような注釈を常に記載しています。つまり下り最大150Mbpsを実現するためにも、総務省が追加割り当てを予定している1.7GHz帯の5MHz幅を獲得することはイー・モバイルにとって悲願なわけです。
「UE Category4」は帯域幅20MHzにて下り(受信時)最大150Mbps/上り(送信時)最大50Mbpsの高速通信を可能とする通信規格です。2013年5月現在、「EMOBILE LTE」の通信速度は、下り(受信時)最大75Mbps/上り(送信時)最大25Mbpsとなり、「UE Category4」の最大通信速度への対応は未定です。
◆5MHz幅の追加割り当てを強く求めるイー・モバイル
このように、5MHz幅を追加で割り当てられるかどうかはイー・モバイルにとって特にセンシティブな問題なわけですが、先日、報道関係者を対象に割り当ての妥当性を訴える「1.7GHz帯拡張実験及び今後の展開に関する記者説明会」が行われました。
まずはモバイル市場にもたらしてきたメリットを解説。2005年時点で最も高速な定額モバイルインターネットはPHS回線を用いた最大384kbpsの「AIR EDGE [PRO]」でしたが、イー・アクセスの参入が競争を促進し、今では実に183倍となる下り最大75Mbpsになり、利用料金も1万2975円から3880円にまで引き下げられました。
モバイルルーター「Pocket WiFi」シリーズのヒットに続き、端末代を含む月額3880円でテザリングも使えるLTEスマートフォン「GL07S」が大ヒット中。
ユーザー満足度やアフターサービスの満足度も大きく向上しています。
そして現在、総務省が追加割り当てを検討している「F0」と呼ばれる帯域はイー・モバイルに隣接する5MHz幅。
そこでイー・モバイルは8月からF0を合わせた20MHz幅で性能評価を行い、「連続した20MHz幅」と「10MHz幅2つをキャリアアグリゲーション(CA)で束ねる」という2つのやり方では、パフォーマンスにどれだけ影響が出るのかを調査しました。
その結果、「連続した20MHz幅をそのまま用いた方がパフォーマンスは向上する」という結果に。
このような調査結果を発表する背景には、以下のようなねらいがあると考えられます。
・連続した帯域を割り当てることで、電波資源の有効活用につながることのアピール
・同じく追加割り当てに興味を持っているNTTドコモへの牽制
・キャリアアグリゲーション(CA)では効率が落ちることを指摘することで、「追加割り当てをせずとも、700MHz帯(10MHz幅)と1.7GHz帯(10MHz幅)でCAを導入すればいい」という論調をかわす
また、同社は商用ベースの基地局を用いて技術開発途上の「4×4MIMO」の性能評価を行ったところ、理論値(下り最大300Mbps)に迫る下り最大291Mbpsを実現。
すでに発売されている「UE Category 4」端末でも下り最大140Mbpsを実現。
今後の展開。F0の割り当て先が決まるのは12月以降ですが、もしイー・モバイルに決まった場合、まずは15MHz幅を利用して下り最大112.5Mbps、その後150Mbps、4×4MIMOが導入されれば300Mbps……と、高速化できるものの、割り当てから外れると高速化は最悪2015年まで進まない可能性があります。
LTE基地局もF0に対応済み。
F0を含むLTEの実人口カバー率については、80%(2014年3月末予定)から、2015年に95%に拡大する予定。
先ほどの実験結果からも分かるように、端末自体もF0に対応しているため、周波数帯さえ割り当てられれば、追加投資なくすぐさま現行のイー・モバイル端末を高速化できるわけです。
F0が割り当てられることで、10月から同じ1.7GHz帯でLTEサービスを展開するNTTドコモとイコールフッティング(平等の条件)になるとアピール。ただしドコモの1.7GHz帯は東名阪地域限定であるため、あくまで速度面での「平等」でしかない点には注意が必要です。
周波数の利用効率が最も良いのもイー・モバイルに。
NTTドコモは800MHz、1.5GHz、1.7GHz、2.1GHzと複数の帯域を保持し、すでに周波数戦略において有利な立場に。
それならば1.7GHz帯において数多くの優位点を持つイー・モバイルにF0を割り当てて欲しいというのが今回の主張です。
◆非常に理にかなったイー・モバイルの主張、ただし問題がないわけではない
このように、国民の財産である周波数を低コストかつ最も効率的に利用できるという点において、非常に理にかなった内容であると思われるイー・モバイルの主張。しかしながら決して問題が無いわけではありません。
・グループ全体で考えると全くイコールフッティングではない
イー・モバイルは「F0が割り当てられることで、NTTドコモとイコールフッティングになる」と主張していますが、それはあくまでドコモとイー・モバイル単独を比較した話。資本関係を元にUQコミュニケーションズをKDDI、イー・モバイルとワイヤレスシティプランニング(WCP)をソフトバンクのグループ企業としてカウントすると、現時点で最も多く電波が割り当てられているのはソフトバンクグループです。
NTTドコモ:160MHz
KDDIグループ:160MHz
ソフトバンクグループ:170MHz
ここでイー・モバイルにF0(5MHz×2)が追加で割り当てられれば、ソフトバンクはグループ全体で計180MHzを保有することになり、より不公平な競争環境となります。
さらにソフトバンクはiPhone向けの「ダブルLTE」や、AXGP・EMOBILE LTE・SoftBank 3Gを利用できる「Pocket WiFi GL09P」などのように、グループ各社が持つ回線の相互利用を進めているため、もはや個別の会社の割り当て状況で公平・不公平を論じる段階は過ぎたのではないでしょうか。
・「ソフトバンクはダブルスタンダードなのではないか」という懸念
そしてもう一つ気になるのが、イー・モバイルが「モバイルブロードバンドの発展に貢献してきたこと」「連続した周波数帯を割り当てることの妥当性」を主張したという部分。
同じように新規事業者として1.7GHz帯を割り当てられたものの返上したアイピーモバイルやソフトバンクと異なり、新規事業者としてネットワークの整備を進めてきたことを考えれば、イー・モバイルの功績は認められるべきであり、連続した周波数帯の割り当ても、効率面で考えれば妥当であると思われます。
しかしイー・モバイル同様、割り当てられた2.5GHz帯でいち早く商用サービスにこぎ着け、モバイルブロードバンドに貢献したUQコミュニケーションズに同帯域の追加割り当てが決まった7月、ソフトバンクの孫社長は一部メディアを集めて「親会社のKDDIが天下りを受け入れていることによるもの」「そこに正義はないのか」という主張を繰り広げました。
総務省が追加割り当てを検討していた帯域。今回のイー・モバイルと同じくUQコミュニケーションズに隣接しています。なお、空いている帯域に2つの事業者を詰め込む場合、干渉を避ける「ガードバンド」を別途確保する必要があるため、その分有効に使える帯域が減ります。
このようにイー・モバイルとUQコミュニケーションズが抱えている事情は遠からぬ部分も多く、UQないしKDDIを否定する一方で、子会社のイー・モバイルの主張を認めるソフトバンクのスタンスはダブルスタンダードなのでは……という気がしなくもありません。
なお、上記のような事情があったとしても、電波の利用効率やコストを考えれば今回の割当先はイー・モバイルがベストであり、他社に割り当てるメリットはあまり多くないと思われるわけですが、はたして総務省はどのような決断を下すのでしょうか。
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