「関西虫食いフェスティバル」を主催した佐藤裕一氏インタビュー前編、新しい昆虫食の可能性「シルク醤油」とは?


「関西虫食いフェスティバル」を主宰した昆虫エネルギー研究所代表の佐藤裕一氏に「シルク醤油」という新しい試みを通じて昆虫食の現在と未来を語っていただきました。

BUZZAP!取材班が昆虫食のフェスティバル、「関西虫食いフェスティバル」に参加してからもう2年。あの時からも日本や世界の昆虫食を巡る状況は刻一刻と変化し続けています。

気がつけばテレビ番組で昆虫食が話題になる回数も増え、まだ珍しいにせよ「絶対無理なゲテモノ」という扱いは既にされなくなっています。

ジビエ料理などの珍しい食材を扱う飲食店でも昆虫食は普通に提供されるようになってきていますし、2015年に初めて登場したコオロギラーメンは今年はなんと2時間待ちの行列ができるまでになっていました。

このように日本では昆虫食は時を追うごとに広がってきており、心理的なハードルも下がる一方です。そもそもオオグソクムシを喜んで食べている時点で今更ハードルも何もという気もしないでもありません。

しかし、それでもかつてパクチーやナンプラーに拒否反応があったように、知らない味わいや素材に心理的な抵抗を感じる保守的な味覚の持ち主が大勢いることも事実。佐藤代表はこうした層にもアピールする昆虫食のゲートの役割も期待できる「シルク醤油」の開発に現在携わっています。

BUZZAP!(以下B):
佐藤代表は今回「シルク醤油」という、昆虫食としてはかなりライトな製品の開発に携わっていますが、どういう理由なのでしょうか?

佐藤(以下:佐):
やっぱりまだまだ昆虫をそのまま食べることに抵抗を感じる人はいて、そういう人が最初に手を出せる物が何かと考えると、伝統的なイナゴやハチノコというものが最初にきます。でも、世界的に数千年という長い歴史を持ち、高級なシルクを作り出す事を誰でも知っていて、日本でも長野県など一部で食されている蚕はやはりハードルが低い昆虫のひとつといえます。

B:
その中でもあえて蚕本体では無くシルクという分泌物を選んだのはやはりハードルの低さからですか?

佐:
そうですね。シルクは高級衣料としての共通認識があり、しかも近年はシルク化粧品なども登場してより身近な存在になっています。さらには生活習慣病に有効な健康・美容食品としてシルクパウダーなどの形で食されるようにもなりました。

こうした中で醤油という日本人に最も馴染みのある調味料の原料としてシルクを用いる事で、より親しみやすくできるのではないかと考えています。

B:
しかし、シルクはやはり高級なイメージがありますが、採算は取れるのでしょうか?

佐:
シルクから絹糸を作る際に、くず繭と呼ばれる糸にならないくずが確実に発生してきます。成分としては同じなので、主にそういったものを使って作っていくことを計画しています。今回は和歌山県の湯浅醤油さんが繭を発酵させて作ってくれた試作品を持ってきています。繭は京都の亀岡で長年絹の織元をされてる塩野屋さんに提供していただきました。

B:
では試飲させていただきます。これは…醤油独特の重みがなく、とてもふわっと華やいだ味わいですね。塩気も尖ってないし、新しいです。

佐:
そうなんです。単なる醤油の真似事に終わらない味になりそうなんですよ。ただ、まだこれはあくまで試作段階です。どういう配合で作っていくのか、どのように安定して発酵させ、製品としてのシルク醤油を作っていくかは実験中です。

実際にここに持ってきているものは美味しくできていますが、中には失敗したものもあります。今後はその精度を上げていく必要があります。

B:
そんな中で「シルク醤油」が和歌山県の認定事業になったとお聞きしましたが?

佐:
なりました。これからの人口減少社会の中でどのように産業を育てていくかという中で、和歌山県もいろいろ試行錯誤しています。そうした状況で「シルク醤油」という存在に着目してもらうことができました。


B:
今後はどのように展開していくことになりそうですか?

佐:
8月くらいからクラウドファンディングを用いて資金調達をして製品化を目指します。今はその辺りの段取りを進めているところです。

また、「シルク醤油」に留まらず、和歌山県と絹をもっと結びつけていくことも考えています。和歌山県はミカンの栽培が盛んですが、この裏作としてウメを育てている農家が多いんです。そして、蚕の餌になる桑の木はちょうど春から夏の時期なので、ウメに変わって養蚕をやってくれる人が増えれば、地産地消にもなるんですよね。

特に和歌山県有田市は有田ミカンというブランドとして全国的に有名ですが、この辺りでミカンを作っている人には移住して住み着いた若い世代がかなり多いんです。そうした人たちはオーガニックなミカンを作ったり、自分で販路を開拓したりしていますので、養蚕をそうしたサイクルに取り込むことも難しくはないはずです。

実際昔の農家は農業と養鶏と養蚕の3つを柱として生活していた層がとても多かったんです。蚕は特に現金収入としては効率がよかったんですね。現代で考えても、絹糸としてはもちろんさっきも話題にしたシルク化粧品などを自作して販売することもできますし、「シルク醤油」の原料にくず繭を回してもらうこともできます。

今は養蚕をやっている農家がどんどん減っているので、先ほどの塩野屋さんもシルクの供給源は常に探されていたりもしますし、実は今年になって熊本県で「あつまる山鹿シルク」という国内最大の無菌室・人工飼料で養蚕をする蚕工場が完成したばかりなんですよ。

これは絹織物だけにとどまらない化粧品、食品、さらには医療品としてのシルクの需要が世界的に高まっていることを受けたものです。大規模な工場生産での需要があることはもちろん、オーガニックで伝統的なシルクが求められるマーケットも当然ありますから、養蚕は斜陽産業ではなく、むしろこれから大きく発展する可能性を秘めています。

だからこそこの潮流を昆虫食とも絡めて大きなムーブメントにできたら面白いと考えていたりもします。

B:
なるほど…。原料の入手先も増えればより作りやすくもなりますからね。そういえば、シルク醤油とは別に、蚕自体もそういう中で食べていくという方向性は目指せそうですか?

佐:
それは十分にできます。特に絹糸以外の製品に使う事を考えると、処理の方法がこれまで通りで無くていいので可能性が増えてきます。

というのも、絹糸を取るためには一度熱湯に浸した上で数日間乾燥させるというプロセスが必要なんです。もちろんその時に蚕は死ぬのですが、乾燥の間に脂肪分が浮いてきて、独特の臭みになるんです。タイや韓国ではそれも旨味の一種として捉える人も多いのですが、いきなり日本人が食べると臭いと感じる可能性が高いんです。

油で揚げればそうした臭みも消えて、スナック感覚で食べられるのですが、本当に美味しいのはさっと茹でた蚕なんです。なんというか、空豆を思わせるようなふわっとした何とも言えず爽やかな風味があるんですよ。これが本当に美味しい。

ただ、繭を切って出すと絹糸として価値が無くなってしまうので、これまではそんなもったいないことはできませんでした。でも、化粧品や食品、医療品のための繭であれば絹糸を作るのと同じ処理をする必要はありませんから、本当に美味しい蚕を食べれるようになるという期待もあるんです。

B:
昆虫食の話のつもりが、地域振興から先端産業まで絡んだ壮大な話になっているんですね。

佐:
実際に昆虫食はもう虫を食ってどうこうというレベルの話ではありません。以前は国連が食糧危機を避けるための重要なタンパク源として注目したという話もありましたが、さらに話は膨らんでいますよ。

ということで、非常に面白くなってきたところで後編に続きます。昆虫食の未来から、佐藤代表が蚕と共に注目するもうひとつの昆虫の話をお送りします。

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