「鬼滅の刃」時代に日本で初の大ブームとなったローラースケートの長い長い歴史

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現代の私たちが想像するよりもはるかに長い歴史がそこには詰まっていました。詳細は以下から。

◆ローラースケートの長い長い歴史
ローラースケートといって、あなたはまず何を思い出すでしょうか?若い人は「ローラーブレード」として知られるインラインスケートをイメージするかもしれません。

もう少し上の世代では1987年に華々しくデビューしたジャニーズのアイドル光GENJIのローラースケートを使ったパフォーマンスかもしれません。そんなローラースケート、実は250年を超える歴史を持つ由緒正しい娯楽だったのです。

記録に残る最初のローラースケートは1743年にロンドンの劇場で用いられたもの。その後1760年にベルギーの発明家John Joseph Merlin氏が自身のパーティでインラインスケート型のものを披露しましたが、木製の車輪で左右に曲がることもできず、ブレーキもなかったため人気になることはありませんでした。

その後車輪がゴム製になるなど少しずつ改良がくわえられ、1860年代にアメリカ合衆国で初のローラースケートブームが訪れます。この立役者となったのがJames Plimpton氏。


1828年にマサチューセッツ州の農場で生まれたJames氏は機械工としての才能に恵まれ、18歳の時にはすでに工場のマネージャーとして働くようになりました。その後も勉強を続けて21歳の時に兄弟と共に機械製作の事務所を設立し、ニューヨークに店を構えるに至ります。

その後元来運動好きなタイプではなかったJames氏は主治医から体型維持のためにアイススケートを勧められ、これが大きな転機となりました。ローラースケートも同じ効果があるのではと考えたJames氏は持ち前の機械の才能を駆使して既存のローラースケートを改良の改良を始めます。

そして今ローラースケートと呼ばれるタイプの原型となる、前後で独立した車軸を持った4つの車輪を持つクワッドスケート「Wipp-Skates」を1860年に開発。1863年に世界で初となる特許を取得します。


James氏はこの時代に世界初のローラースケートリンクをニューヨークとロード・アイランド州ニューポートに開設、その後もリンクを作りブームをけん引します。

こうした中で世界初のローラースケート協会であるNew York Roller-Skating Associationが誕生。このブームは全米へと広がり、各地で同様の協会が設立されてゆきます。


◆明治に日本に伝来し、「鬼滅の刃」の時代に大ブーム
なお、笹川スポーツ財団によると日本にローラースケートが「伝来」したのは1877年(明治10年)のこと。その後1903年に日本体育会がスポーツとして導入し、1910年には浅草ルナパークのローラースケート場が大きく盛り上がります。

日本にローラースケートが紹介されたのは明治10年頃。本格的に行われるようになったのは明治28年頃といわれています。その後、大正時代から昭和初期にかけて全国各地でローラースケート場が開設され、大衆スポーツとしての発展を見るようになりました。

ローラースケート_インラインスケート - スポーツ辞典 - 笹川スポーツ財団


1913年には(大正2年)には子供たちを中心に大ブームになり、それから第二次世界大戦の頃まで全国にローラースケート場が次々とできていくことになります。

お分かりでしょうか?竈門炭治郎が無惨と死闘を繰り広げていたあの頃、日本では空前のローラースケートブームが巻き起こっていたのです。

何となく昭和の頃の遊びだと思われがちなローラースケート。ですが振り返ってみれば自動車と同じくらい長い歴史を持つ乗り物で、日本でも100年以上親しまれてきたことが分かります。

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