再開から7ヶ月、福島第一原発直近の国道6号線の帰宅困難地域は現在どうなっているのか?

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福島第一原発のすぐ近くを通って南北に伸びる国道6号線。2014年9月に賛否両論の中で開通されましたが、今現在どのような状況なのでしょうか。レポートします。

東日本大震災から3年半、福島第一原発事故によって長い間通行止めとなっていた福島県浜通りを南北に貫く国道6号線。避難区域の再編に伴い通行止め区間は徐々に狭まっていきましたが、最後に残った富岡町から双葉町、大熊町を通り浪江町に至る14kmは現在も事故の収束しない福島第一原発のすぐ横を通ることから長く一般車の通行が禁止されていました。

その区間がついに再開されたのが去年の秋口、2014年の9月15日でした。しかしもちろん6号線のその区間の周囲は全て帰還困難区域とされており、自由に立ち入ることはできません。高線量のスポットも多いため、通行は自動車のみに限定され、バイクや自転車、徒歩で入ることはできません。

その後富岡町などでは除染が進められたり被災した建物の取り壊しが始まるなど、「復興」に向けた取り組みが進んでいるとの報道もありましたが、実際にどうなっているのか。6号線全線再開から7ヶ月、震災から4年1ヶ月経った現地をBUZZAP!取材班が訪れました。

いわき市からの6号線の渋滞を避け、今回は川内村から県道36号線を抜け、富岡町の夜ノ森駅付近へと至るルートを使いました。


ここは山道を抜けて平野に入ったところ。除染作業の施設ができていました。この辺りから除染土を入れた巨大な黒い袋が山積みになっているのが目立ちます。


こちらは夜ノ森駅の西側。有名な「夜の森桜のトンネル」は帰宅困難区域のため入ることはできません。取材班が訪れた時はちょうど桜が満開でした。



しかし線量は2.5μSv/hと非常に高いです。もちろん、訪れた日が雨天だったため晴天時よりは放射線量は上がるのですが、それを差し引いても滅多にある線量ではありません。目に見える桜の美しさの後ろにある目に見えない重圧をひしひしと感じます。


ここから6号線に入り、福島第一原発の横を通って北を目指します。6号線に入る長い信号待ちでは原発での作業とは関係ないと思われる車両も見かけます。事故以前の交通や流通のための幹線としての役割を取り戻しつつあるのでしょうか。


実際に走ってみると駐停車禁止の標識や動物との衝突への注意をうながす看板などが多く掲示されています。横道や駐車できそうなスペースは片端からバリケードやフェンスで固められており、そのまま直進するしかありません。



もちろん窓を開けるのは厳禁。この日はまだ雨が降っていたからましかもしれませんが、車両が舞い上げた粉塵を吸い込めば内部被曝は免れないでしょう。

福島第一原発の南西に当たるエリアに近づくと、急激に線量が上がっていきます。エンジンを掛けた車内のため、あくまで比較の参考にしかなりま線が、それでも5.47μSv/hを記録しました。手足に汗が滲み、胃がぎゅっとせり上がってくる感覚があります。


この信号が福島第一原発への入り口。作業関連の車両が頻繁に出入りしていました。


そこから離れて北に向かうと急激に線量は下がっていきます。そしてそこから5分ほどで通行止めエリアから離れます。そこからすぐのところにローソン浪江高瀬店が営業していました。


北側は更にしばらくあちこちに帰宅困難区域が残ります。徐々に除染も進んでいるようですが、手付かずの家屋や店舗も多く残ります。




このエリアは6号線も津波で浸水しています。


南相馬市小高区まで来ると、海岸線に向かう横道も解放されていました。壊れた防波堤の近くで作業が進められています。



こちらはそのすぐ近く。瓦礫こそ取り除かれましたが、基礎やバスルームの床などがそのまま残っている住居の跡です。



同じ道をもう一度戻ります。


以前訪れたJR富岡駅周辺を訪れました。富岡駅は既に解体されており、奥には新しい建造物と、膨大な除染土袋が。




壊れかけた建造物は一部撤去されていましたが、立入禁止のロープが張られたまま残されているところも多数。



警告の看板です。


ここ以外でも、富岡町は田んぼなどの至る所に大量の除染土袋が置かれています。



6号線が再び幹線道路として少なからず用いられるようになっていることは間違いありません。しかしいくら除染が進められているとはいえ、震災で傷んだ上に4年以上放置されている家屋や店舗をそのまま再利用することは難しく、学校や郵便局、役所などの公共施設や日々の買い物をするお店も戻っていない現時点の状況を見るに、復興への道のりは未だ明るいものとは言えそうにありません。

例え除染で線量が下がり、壊れた家屋が更地になったとしても、そこに人が再び住み、生活できるようになるということはまた別の話であるということを思い知らされます。

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