神道と仏教の出会った熊野那智大社と青岸渡寺から日本三大瀑布のひとつ、那智の滝を巡る


熊野古道を巡り、熊野三山最後の熊野那智大社へと向かいます。ここは古事記よりも聖徳太子よりもはるかに昔、仏教とまだ神道と呼ばれていたかも定かではない頃の土着の信仰が出会った場所なのです。

まぐろカツ定食に舌鼓を打ったBuzzap!取材班は同じ那智勝浦町の山側に鎮座する熊野三山のひとつ、熊野那智大社へと歩を進めました。

JR紀伊勝浦駅からは11km、およそ20分の道のりですが、実はそう簡単にはいきません。最後の3km程度では大渋滞が発生するのです。その理由は那智大社がどん詰まりであり、駐車場が限られていること、そして那智の滝という名勝を含み、非常に人気が高いことが挙げられます。

ひとつの解決策としてはふもとの大門坂駐車場に車を止め、そこから那智大社まで熊野古道の大門坂を歩くこと。

石畳の道と鬱蒼と潤った森の風景は熊野古道のイメージとして、ガイドブックなどによく掲載されているコースのため、歩く人は多く、距離も駐車場から那智大社まで合わせて約1.5kmで1時間程度と体験にはぴったり。

ただし、ずっと上り坂な上に往復と参拝、那智の滝の見学まで含めれば3時間以上歩くことになるため要注意です。体力のない人や子どもやお年寄りはキツいと感じると思われますし、渋滞や混雑のため帰りだけバスなどを使うというのも難儀します。

なお、歩く場合は最低でもスニーカーなどの動きやすい靴と脱ぎ着しやすい服装は必須。健康な大人であっても半日仕事になるため、他の場所のついでで回る旅程としないほうが無難です。

渋滞の理由は上述しましたが、つまりそれは訪れる人に対して駐車場が不足していることを意味します。坂の途中には有料駐車場に加えてお土産店や食堂などが駐車場を提供していますが、いかんせん数が足りていません。

そして参拝客らがこうした道路を歩いて往来しているため、休日の昼間は結構なカオスとなっています。

こちらは那智の滝前のバス停。ここを通る熊野御坊南海バスはふもとの大門坂駐車場まで行きますが、40分に1本程度なのでかなり待つことと混雑は覚悟しておきましょう。

なんとか駐車場の空きを見つけて停め、那智大社への階段を登ります。

そう、ここは山の中腹にあるため、移動は基本的に階段か坂道であることは肝に銘じておきましょう。

標高約330mの境内まで登り、振り返るとこの景色。頑張った甲斐があります。

317年に滝の近くからこの場所に移された熊野那智大社の本殿。かなり混雑しており人気の高さが伺えます。この地の信仰の根源には那智の滝を御神体とする原始信仰がありました。

ここの主祭神は熊野速玉大神の妻である女神、熊野夫須美大神。速玉大社と対になっています。家都御子大神と御子速玉大神に天照大神、そして那智の滝の大己貴命も祀られています。

右手には樹齢850年ともいわれる巨大な楠があります。こちらも速玉大社と同じように平重盛が植えたという伝説があります。

本殿の左手には八咫烏の像も。

こちらの御縣彦社のご祭神です。

本宮大社のものとは違い、マスクはしていませんね。

社殿では八咫烏をあしらったこのような意匠を見かけます。いかに大切にされているかを感じさせられます。

目の前で見る大楠。重厚な迫力です。

中が空洞のため胎内くぐりもできます。

かわいらしい八咫烏の絵馬。消毒液完備なのが2020年ならではですね。

日本一のおみくじが鎮座していました。

さて、この楠の奥に行くと門があり、すぐお隣の青岸渡寺に行くことができます。

さっきまで由緒正しい神社にいたのに次の瞬間お寺にいるという、ちょっと不思議な体験。神仏習合そのものでも言うべき構造になっています。

青岸渡寺は4世紀の仁徳天皇の時代、インドから渡来(漂着)した裸形上人が那智の滝の滝壺で得た金製の如意輪観音菩薩を本尊として安置し、開基したとされています。

熊野那智大社も青岸渡寺も1700年も昔に成立していたという途方もない歴史に驚かされます。大化の改新が7世紀半ばの645年、仏教公伝も6世紀半ばと考えるとその古さが実感できるでしょうか。

実に仏教公伝の300年ほど前にインドから黒潮に乗り、この熊野に仏教が伝わって原始信仰と結びつき、このふたつの寺社に象徴されるような独特の文化を生み出していたことになります。

さて、青岸渡寺の境内から眺めると、三重塔の先に那智の滝が見えます。あちらまで行ってみましょう。

青岸渡寺の駐車場から看板に従い、下り坂を降りていくと車道の向こうに見えました。三重塔です。

見事な景観ですね。那智の滝に結界が張られているのが見えます。

山を下って那智の滝に向かいます。なんとなくお庭の中を歩いている気分。

ですが場所によっては結構急です。登った分を延々と下ります。

那智御滝飛瀧(ひろう)神社の鳥居です。ここまでくればもうひと降り。

平安装束の御一行がいました。おそらくはこちらの観光プランのお客さんですね。

ついに到着。那智の滝です。東征の際この地に上陸した神武天皇が大穴牟遅神(おおなむち)の御神体として仰いだとされており、のちに飛瀧権現とされました。大穴牟遅神は因幡の白兎の神話の主人公の神であり、出雲大社の祭神でもある国津神の主宰神、大国主神(おおくにぬし)の別名です。

見上げる大瀑布の迫力と美しさに見とれます。日本三大瀑布のひとつですから伊達ではありません。その落差は133mで日本一です。

白砂利に神棚。まさに滝そのものが御神体であることがよく分かります。

動画で見ると滝の巨大さをさらに間近に感じることができます。


どうやらもっと近づけるようです。行ってみましょう。

この「御滝拝所」は左手側の社務所で拝観料300円を支払って入れます。

さらに間近から滝を臨みます。滝の音はさらに大きく、時折霧のような水しぶきが飛んできます。

2011年に大きな被害を出した台風12号による紀伊半島大水害の復旧作業中、瀧もとに出現した「神霊石(みたまいし)」です。

瀧の清浄な水で長年磨かれて球体となった意志で、瀧の神威が籠っているとされています。「9年前の大災害後に現れた神聖な石」と考えると不思議な感じがしますね。

さて、ここから再び車を停めた場所まで戻ります。大門坂駐車場に停めていない限り登りなので覚悟してください。

とはいえ、いくつかある通路は車道を除けばどこものどかな風景です。

天気がよければ南方熊楠が粘菌の採取を行った那智山原始林から太平洋まで一望できるポイントも。せっかくなのでゆっくり楽しみながら戻るのがよさそうです。

ということで、険しい山々と海に囲まれた紀伊半島が育んだ歴史や文化については語り尽くせませんが、あくまで熊野三山にポイントを絞りながらも熊野古道を訪れてみました。

中辺路や小辺路の踏破をはじめ、いくらでも深く入り込めるのが熊野古道の魅力です。まずは熊野古道の成り立ちを知り、一度足を踏み入れてみてはいかがでしょうか。

紀伊半島の奥深い自然の中、神道の長い歴史と仏教が入り混じり、育まれてきた信仰と文化が今もそこに確実に息づいていることに気付くことができるはずです。

最後になりますが、車で週末や連休に熊野を訪れている場合、高速道路での帰路は確実に大渋滞に巻き込まれます。避けるためには朝一番で帰路につくか深夜まで待ってから帰るしかないとのこと。

夕方に那智勝浦町を出たBuzzap!取材班は6時間を超える大渋滞の中をノロノロと帰るハメになったことをここにお伝えしておくことにします。

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