京都・知恩院での「ミッドナイト念仏」でディープな時間を体験してきました

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夜通し木魚を叩きながら南無阿弥陀仏を唱える、そんな型破りなイベントが京都の知恩院で毎年開催されています。体験してきたのでレポートします。

浄土宗の総本山、京都の知恩院。「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」とただ一心に唱える専修念仏の道を見いだした法然上人が後半生を過ごしたこの寺院では、上人の忌日法要「御忌(ぎょぎ)」が毎年4月に行われています。

その初日の夜に当たる4月18日の20時から翌19日の7時まで、夜通し木魚を叩きながら南無阿弥陀仏を唱えるのが「ミッドナイト念仏」なのです。ちょっと何を言っているのか分からないという人もいるかもしれませんが、事実なのです。

「ミッドナイト念仏」が行われるのは1621年に建立された国宝の三門の楼上で、参加費は無料。開催時間内にふらりと知恩院を訪れればそのまま参加できてしまうのです。

これは行かないわけにはいきません。早速BUZZAP!取材班は知恩院を目指すことにしました。しかし、ネット上の体験談やツイッターでの書き込みを見るに、ミッドナイトに至る前の早めの時間は参加者が詰めかけ、1時間半程度の待ちが生じるとのこと。

せっかくだからディープな時間帯に突撃してドープな状態になっているところを見てみたいと考え、深夜1時半に現地に到着することに。

東大路から白川を超え、華頂道を通って三門に向かいます。

遠くからも五色幕で飾られた三門がライトアップされて闇の中に屹立しているのが見えます。なんだか野外フェス会場でステージに向かっている気分に。

近づくにつれて参加者と思われる若者たちをちらほら見かけます。そしてほんのりと木魚のビートが聞こえてきます。フェス感がさらに高まります。

「ミッドナイト念仏in御忌」の横断幕。大学生とみられる男子たちが記念撮影しまくっていました。

右手の階段から並びます。早めの時間はこの辺りまで行列が伸びていたようです。

こちらが今回のミッドナイト念仏の看板。「0418MNIVG」という略称のテクノ感が最高です。

横から見る三門。この三門は東大寺南大門よりも大きい日本一の三門。通常は入れないこの三門の楼上に一晩いられるというスペシャルさに改めて驚かされます。

行列ができています。この時点で1時半頃。トイレは三門から徒歩3分の円山公園内のトイレを使うことになるため、並ぶ前に済ませておいた方が無難です。行列中なら何人かでいれば途中離脱して行ってくることもできますが、一度中に入ってしまってからだと並び直す羽目になります。

頭上から聞こえる木魚ビートはさらに大きくなり、ベルリン辺りのクラブに並んでいる気分になります。もちろん入口で待つのはバウンサーではなくお坊さんですが。

待つことおよそ45分、靴を入れるビニール袋をもらって三門の入口を潜ります。靴を脱ぎ、簡単なアンケートに答えると、楼上で空きができ次第空いた人数だけ呼ばれて階段を上ります。ちなみにこの入口には「よかったらフライヤーもお持ちください」と書かれていました。チラシでもビラでもなくフライヤーです。しかもシンプルで可愛いのです。

ここから先は撮影禁止。急な階段をロープと手すりを頼りになんとか上っていきます。室内にはずらりと小さな木魚が並び、参加者たちが一心不乱に木魚を叩いています。目の前には釈迦如来像と十六羅漢像がずらりと並び、見事な伽藍が心を奪います。天井画には見事な龍の絵も。

係の人に連れられて空いている木魚の前に座って荷物を下ろすと後は木魚を叩き始めるばかり。延々と途切れることなく続く回りのビート合わせて軽く叩いてみるのですが、最初は座りを気にしたり、周囲が気になったりもするのですが、徐々に没入していくのが自分でも分かります。

お坊さんが後ろで巨大な木魚を叩き、ベースラインとなる低音がリズムをキープしていますが、木魚のビートは基本的に揃っているようにも聞こえながら、ふと散り散りにばらけて拡散し、それがまた次の瞬間にはぴたりと全てが揃います。どちらの状態もずっと続くわけではなく、ダイナミックに留まることなく震幅を繰り返しているのです。

それはまるでミニマルなテクノ・トランス系のダンスミュージックとスティーブ・ライヒのフェイズ・シフティング技法を用いた楽曲を同時に体験しているようなと言えば少しはお分かり頂けるでしょうか?

そのビートに自分の木魚を合わせようとしていくと、自分の輪郭や外延がビートの中に溶け込んでいくような不思議な感覚がやってきます。固い自我がほぐれ、全体の調和の渦の中で共鳴しているような感じとも表現できそうです。

そうしたミニマルさの中に、「南無阿弥陀仏」の念仏が入ってくるわけです。ボーカルともボイスとも呼べるその音が、熱心な参加者や背後に控えるお坊さんたちから発せられる訳ですが、これがビートの中で別の軸を作り出すことになります。

ライティングは釈迦如来像の前の2本のろうそくと十六羅漢像の前に並べられた行灯にも似た間接照明の並びのみ。国宝級ではない正真正銘の国宝の中で、薄暗がりの中で仏像と荘厳な装飾に囲まれ、ひたすら100人を超える参加者が木魚のビートと「南無阿弥陀仏」を繰り返すのです。

時間の感覚は全くなくなり、木魚を叩く手も南無阿弥陀仏を唱える口も不思議なことに疲れる感覚はありません。限りない過去から遙かな未来まで、自分が永遠にその場にいてそうしているかのような気持ちに襲われます。目の前では半眼の釈迦如来と十六羅漢が参加者を静かに見下ろしています。

非日常的な空間というので足りなければ、神話的空間だったと言うこともできるでしょう。恒常なる瞬間がそこにはあり、参加者は直に触れることになります。

取材班が会場を離れたのは4時過ぎ。気がつけば2時間ほど木魚を叩いて南無阿弥陀仏を唱えていましたが、それが短かったのか長かったのかもよく分からないほど。楼上から京都の夜景を眺め、ふらつく脚で急な階段を降り、感想ノートに一言書きしたためて三門から出ます。今年はまだ桜も咲いていました。



この頃には行列は既に解消されて待ち無しで楼上に上がれる状態でしたが、参加者らの木魚のビートはまだまだ途切れることはありませんでした。

これが出た時の実際の音です。

ミッドナイト念仏 in 御忌 2017- YouTube

ということで、ミッドナイト念仏を心の底まで堪能してきました。参加者の多くは平日オールナイトということもあってか学生ら若者が多く、外国人も多数参加していました。知恩院は祇園の目の前のため、そこのお店の人たちが集団で並んでいたりもしました。

注意としてはやはりトイレが中にないこと。水分の取り過ぎには要注意です。今年は暖かかったものの、夜半過ぎは寒い可能性もあるので多生暖かめの格好をしていった方が無難かも知れません。会場内は熱気で少し暑いほどなので心配要りませんが、行列のことを考えた方がよいでしょう。

会場内は私語、撮影、飲食、仮眠は禁止。携帯電話もマナーモードに設定して利用は通話だけでなくメールなども不可。境内はもちろん禁煙です。なお、階段が急な上にバリアフリー構造などは当然ありませんので、車椅子の人を始め、足腰が悪い人の参加は難しそうです。

泥酔しての参加はさすがにどうかと思われますが、祇園のお店の人たちも来ている以上、深夜の参加であれば「晩酌に飲みました」というくらいは別段誰も気にしていません。もちろん酔っ払うとトイレが近くなるのであまりおすすめはできません。

京都在住でなければ、東山からあまり遠くないエリアに宿を取り、夕食後に仮眠を取って深夜過ぎか未明から参加するのがよさそうです。終バスや終電は早いですが、京都市内はタクシーが多く距離的に値段もあまり高くないため、流しを拾って乗り付けるのが便利です。

東京でこのようなイベントが行われたら6時間待ちになってもおかしくないところですが、せいぜい1時間半待ちで、国宝の中で、しかも無料でできてしまうのが京都の底力ということでしょう。

今後も週末など関係なく開催されることになりますが、気になる方は一度チャレンジしてみてはいかがでしょうか?

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